トキの優しさは、純粋さは、正義感の強さは、私の想像以上だった。

 その頃から、トキがらしくないものを持っているようになった。例えば、青いシャープペンシルなんかを。

 「トキってそんな感じだっけ?」となにも知らずにいってみると、彼女は「尊藤君の」と口角を持ちあげた。黒い熱が広がった。左手が絆を握る。

 「なんでそんなもの」という声が低くなった。低く、醜くなった。

 「今流行りのミニマリストってやつなのかな」とトキの声も少し低くなった。「ケースの中、あまりものが入ってなかった」——「だから持ってきた」と。

 「なんのために」

 「細かい傷がついてるの」とトキは手元の青を見つめた。「結構使ってるんじゃないのかな。気に入ってるのかも」それからにやりと笑って私を見た。「気に入ってるものがどこを探してもないなんて、嫌じゃない?」

 その声は表情は、好きな人に近づきたいとか、好きな人の私物を見てみたいとか、そういう欲や好奇心を一切感じさせなかった。私はただ「そうだね」とだけ答えた。

 トキは本当に敬人を許さなかった。実際の尊藤敬人に、私の作りあげたどこにもいない尊藤敬人の幻を見て、行動を激化させた。

 教室の移動の際、忘れ物をしたといって駆け戻ったのを見送って、ふと手元を見ると私も下敷きを忘れていて、しばらくしてからトキを追う形で教室へ戻った。

 廊下に面した窓から、トキが敬人の席でなにかしているのが見えた。屈んでいて、なにやら慌ただしく体勢を直した。

それから教室を飛び出してきた。彼女は私を見て「きゃっ」と声をあげた。「びっくりした、遅れちゃうよ」と早口でいって廊下を走っていく。

 その日の昼休み、散々迷ってから「あのさ」と声をかけた。唐揚げを頬張って大きな目で見あげるようにしてくるトキへ「三限のとき、なんかしてた?」と尋ねると、彼女はわかりやすく狼狽えた。「見えたの、廊下から」と打ち明けると、諦めたように息をついた。

 しばらくして口の中をすっきりさせてから「悔しいんだよ」と声を震わせた。「ミネを傷つけておいて、あんな普通にしてる。ちょっと痛い目見ないと、おかしいじゃん」と。その目が濡れていた。悲しいほど純粋な怒りだった。

 「なにをしたの」

 「ミネは悪くない」

 ミネには関係ない、とでもいうような勢いだった。

 「私が尊藤君を許せないからやるだけ。ミネはなにも悪くない。ミネはなにも気にしなくていい」

 「そういうわけには」というかいわないかという頃に「止めないで」とトキは強くいった。「ミネには迷惑かけないから」と小さくいって、彼女は白米を少し口に入れた。