それから、トキは適当に時間を空けて敬人について尋ねてきた。

 「ミネは尊藤君のどこが嫌いなの?」「全部かな。なにもかも」

 「ミネは尊藤君になにかされたの?」「特には。ただ嫌いなの」

 「ミネは尊藤君、どれくらい嫌い?」「どうしようもないほど」

 その頃だったか、私の耳元で悪魔が囁いた。体が勝手に動いた。

 トキの近くで、その悪魔の言葉を真似たのだ。

 「尊藤君には近づかない方がいいよ。傷つけられるから」——。

 トキはあの、大きな目を落としそうな具合でまぶたを開いた。

 「ミネは、尊藤君に傷つけられたの?」

 私はなにもいわなかった。いや、いえなかった。敬人が人を傷つけるような人ではないことは、私が一番わかっているつもりだったからだ。

穢れた心に残った、敬人が好きだという良心が痛んだ。途端に目元が熱くなった。何度か瞬きをして、トキから目を逸らした。それが、優しいトキを突き動かしたようだった。

 「泣かないでよ」とトキはいった。ほんの数センチ下から見つめてくる目が綺麗だった。「泣いてないよ」となんとか笑い返すと、「許せない」と彼女は呟いた。

 体がぎゅっと締めつけられた。甘いシャンプーのような匂いがした。熱い。久しぶりの感覚だった。トキに抱きしめられているのだと気づくのに、しばらくの時間が必要だった。

 「泣かないで」というトキの声こそ震えていた。「なんでトキが泣くの」といった声も震えた。

 「ごめんね」とトキはいった。「私、ミネのことなにも知らなかった」と。「いいよ、私のことなんて」といったけれど、彼女は「許せない」と声を震わせた。