一緒にいるうちに、トキがよく敬人を見ているのに気がついた。「トキ、尊藤君のこと好き?」といってみると、彼女は「えっ、なんで」と頬を薄紅に染めた。その愛らしさが憎かった。

そのとき、ブレザーのポケットの中で左手が敬人との永遠の絆を握ったのは、握り潰すためではなかった。取り返すためだった。見ていれば、敬人は一切女子とは接していない。稲臣、紙原という男子と一緒にいた。中学校の頃の女子とは別れたか自然消滅したかだろうと想像した。

 「私、あの人嫌い」と、初めて口に出した。トキは大きな目が落ちてしまうのではないかというほどまぶたを開いた。「そうなの?」と尋ねてくる顔はわざとらしいほどかわいらしい。

男性しか対象でない私がここまで愛らしいと感じるのだから、女性が対象となる人にとってはとんでもなくかわいい生き物に見えることだろう。それを否定するつもりはないけれど——敬人は、渡さない。

 「どうして? なにかあったの?」

 「幼馴染でね。別になにってわけじゃないけど。前はなんとも思ってなかったんだけどね」でも今は、と私は露骨に顔を顰めた。「大嫌い」

 「そんなに?」とトキは悲しそうな顔をした。「そんなに」と私は頷いた。

 「なんだろうね、とにかく気に入らないの」

 「そうなんだ……。性格が悪いとか?」

 「そんなこともないんだろうけど。みんな頼りにしてたし、むしろいい方なんじゃない?」

 気持ち悪い、と吐き捨てたのは、敬人に対してなんかではない。彼を慕い、頼りにしていた人に対してでもない。私自身に向けてだった。

 「そうなんだ」と、トキはもう少し踏み入りたいような様子でいった。私はこれ以上は踏み込むなという気を発した。こんな話はしたくない、と。