トキは勉強の大嫌いな人だった。二年生に進級してすぐの席順、私は窓際の一番後ろから二番目、トキはその右斜め前の席だった。

「やった、女子だ」とトキは振り返ってきた。「去年はクラス違ったよね、名前なんていうの?」と明るく話しかけられ「峰野」とだけ答えた。

拓実まで名乗れば、男の子みたいだねといわれる気がした。両親はよく考えてつけてくれたようだし、わざわざ隠すほど嫌いな名前というわけではないけれど、そのときはなんとなくそうした。しかしすぐに、苗字は席順を示すために黒板に書いてあることに気がついた。

 私がそうしたためか、彼女もまたなにか自分の名前に思うところがあるのか、「私は鴇田」と短く返された。

 少し話すうちに、トキ、ミネと呼び合うようになった。トキが下浜高校に進んだのは、家から近いことが一番の理由だったという。けれども自分よりもかなり偏差値が高かったので、必死に勉強したのだと彼女は笑って話した。

 トキはとてもかわいい女の子だった。茂木さんのことが思い出された。彼女はきっとトキを美少女とするだろうと想像した。この辺の美少女にしては華がある、と。

 本当のところ、茂木さんのことを思い出したのはトキがかわいい顔をしていたからではない。教室の中心から少し廊下の方へずれたようなところに、敬人の席があったからだ。

高校の話になったときに引っかかった表情の意味がわかった。彼女は私と敬人の距離が変わったことを知っていた。あのとき、敬人もこの学校へ進むことを知っていたのだろう。

あくまで隠すつもりだったのか、一瞬、打ち明けるか迷ったのかはわからないけれども、それが表情に出たのだ。

好きなことやものがあるというのは、ああいうときにもいいなと苦笑する心地になった。ずいぶん勢いよく美少女について語っていたからなんだろうとは思ったけれど、そういうことだったかと。