ふと、廊下に出てみる。よく晴れた窓の向こうに、敬人の好きだといってくれた庭が広がっている。

深く吸い込んでゆっくりと吐き出した息が震えた。ここから出ていけば、私も少しは強くなれるだろうか。ああ、敬人——。会いたい。

絆を握った左手の繋がった腕を自分の体へ回す。なにも持たない右手で自分の目を覆う。右手が少し濡れた。

 痛い。名前のわからない場所が、どこかわからない場所が、痛い。鈍く、重く、熱を持っているように痛い。

 なにも見えない。本当にこの世界がこんな真っ暗だったらいい。なにも見ないで済む。誰もいない。なにも知らないで済む。

 頭がふわふわして、そのまま座り込む。怖くない、怖くない。大丈夫。永遠は、絆は、左手にある。敬人がくれた永遠。敬人がくれた絆。大丈夫、なにも怖くない。私は、満ち足りている。空っぽなんかじゃない。敬人がいる。私には、どこにもいかない敬人がいる。大丈夫。怖くない。

 拓実、と呼んでくれる敬人の声が、耳の奥で蘇った。ああ、敬人……。大丈夫だよ、と優しい声が内側で響く。敬人を求める空洞が、彼の声に震える。

 敬人、敬人。

 拓実、と呼んでくれる声に応えるように、左腕に力を込める。体に巻きついた温度が、満ちていくような気がした。拓実、大丈夫だよ。大丈夫。

 怖いものなんて、なにもない。大丈夫。敬人がいてくれる。敬人が、そういってくれる。嘘じゃない。大丈夫。私は、大丈夫。

 呼吸がへたになっているのに気がつくのに、とても時間がかかったくらいだ。私は、満ち足りている。