中学校で拓実と同じクラスになったのは初めの一年だけだった。げきちんとは二年で離れたけれど、三年のときにまた同じクラスになった。

出席番号の加減で、一番初めの席はげきちんと隣だった。「うわー、うける」とげきちんは席に着いた。「一昨年の六月に戻ってんじゃん」と。実際、そのときと同じような場所で隣だった。そしてやはり、げきちんが俺の左隣にいた。

 「つか待って、敬ちん、まだくみちんと仲直りしてないの?」

 「あれから話、してない」

 「え。え、なにしてんの」

 「……なにも」

 「いやいや、なんで話さないの」

 「話せない」

 「なにゆえ」

 「……クラスも違ったし」

 「それだけじゃないでしょ」

 「勇気がないんだよ、もう」

 「じゃあこのままでいいの?」

 頷くのに迷いはほとんどなかった。未練はある。けれども、それで縋りついてはまた拓実を引きずり落とすことになる。ようやく、遠くから笑顔が見られるようになったのだ。

去年の夏頃だった。友達と並んで歩きながら、無邪気に笑う姿を見た。とても、かわいかった。それだけで満たされた。まだ後悔したまま、拓実と一緒にいたいと望みながら、拓実がまたあんなふうに笑えるようになったという事実を喜ばしく思った。

 「拓実がさ、笑ってたんだ」

 「くみちんが?」

 「そう。友達と歩いてて」

 「へえ……」

 「すごくかわいかった。また笑えるようになったんだって思ったら、ほかはどうでもよくなった」

 「……えっとさ、その……無理してるとかは考えないの?」

 ぎくりとした。

 「あ、いや、そのさ……くみちんがまだ敬ちんのこと引き摺ってるんじゃないのかなとか、考えないの?」

 言葉を選んだつもりなのだろうけれど、これくらい真っ直ぐにいってもらわなくては俺にはわからない。

 「そのさ、くみちんがなんとか敬ちんのこと忘れようとして友達と一緒にいるとか……思わないのかなって」

 「……ないよ、それは」

 「なんでそう思うの」

 「拓実に拒絶された」

 「は?」

 「一昨年に。……まあ、触らないでって」

 いいながら、右手に痛みが戻ってくるようだった。拓実の鋭い声が耳の奥で響く。

 「……うん、そっか……うん、やっぱちゃんと付き合ってたんだね」

 「付き合っては……」

 俺たちは、どんな関係だったのだろう。幼馴染、友達、恋人。どれも、少しずつ違うように思う。いや、幼馴染は違ってはいないか。恋しい人、恋をしている人、という意味では、拓実は俺の恋人でもあった。大した目的もなく家に行くような親しさもあった。

俺にとってはそんな存在だったけれど、拓実にとって俺は、どんな存在だったのだろう。

 「でも、そうやって触るような関係だったんでしょ?」

 「誤解を生んでるな……。そういう意味で触ったんじゃない、普通に……」

 少なくとも、あのときは泣いていたから涙を拭こうとした。その涙に対する痛み以外に、なにも感じてはいなかった。

 「普通?」とげきちんはいう。そういわれてしまえば、今までの行いが思い出される。

 「……普通、でも……ないかもしれない。でも別に、てか断じて、背伸びしたことを目的に触ったことはない」

 俺は確かに、拓実を女の子として見ていた。その上でかわいいと思って、頬を撫でたりした。それ以上を求めるところは抑え込んでいた。

 いや、違う。思い出しただけで恥ずかしくなる。俺は拓実の唇に触った。そこには確かな欲があった。抑え込めてもいない。あれを普通とは、誰もいわないだろう。

 「まあ敬ちん、硬派そうだもんね」とげきちんは笑って頷く。

 「硬派ねえ……」

 硬派な奴があそこまでするだろうか。

 「どうせ手繋いだりしたくらいで顔真っ赤にしてたんでしょ?」

 黙っていたのを、げきちんは肯定と捉えたらしい。

 「ていうか、登下校一緒だったんだから家近いわけでしょ? 会いに行ってぎゅってしたりしたら、敬ちんの積極性に本気さが伝わるんじゃない?」

 「もういいって」と俺はいった。拓実は俺といない方が幸せでいられる。せっかく友達と笑えるようになったのだ。そこに俺が立ち入るのはおかしい。落ち着きつつあるのであろう拓実の心を、また壊すことになる。

 「そう?」といったげきちんの声が、少し寂しそうだった。俺の口調が強かったのかもしれない。