一週間ほどで二度目の席替えが行われた。小学校では学期が始まってすぐの頃に年三回の頻度で行われていたから、月に一度というのはそんなにやるかと思うほど頻繁に感じた。

 拓実のそばを離れることには、安堵のようなものと未練のようなものとを同時に感じた。ここで席まで離れてしまえば、まったくの他人になってしまうような気がした。今までだって、なんでもなかったのだけれど。

それでも、個人的に特別なものを感じていた。期待してもいた。それがすべて、過去のものとなってしまうような心地だった。もう、拓実との接点を得る機会がまるでない。そこに、拓実を傷つける可能性が格段に減るという安心感もあった。話さなければ、触れ合わなければ、傷つけることもない。

 席替えはやはりくじ引きで行われた。ただ、廊下側の一番前に一番が振られたことに前回とは違うんだと感じたのを憶えている。二度目のそれでは一番から窓の方へ向かって数字が大きくなっていき、窓際の一番後ろの席に最後の番号が振られた。

 俺は窓際から二列目の一番後ろから三番目という場所を引いた。拓実は廊下寄りの真ん中の列の、俺より少し前の辺りの席だった。嫌な場所だと思った。あんなところにいられては、様子を窺ってしまう。なにもできないのに、元気かなとか、大丈夫かなとか、思ってしまう。

 左隣にげきちんがきたのは、幸運とも不運ともいえない。拓実のことを考えないでいられるなんて初めから思っていなかったから、どちらともいえないというより、どちらでもなかったのかもしれない。

 「敬ちん最近元気ないね。くみちんと痴話喧嘩でもした?」

 「なにもないよ」と俺は答えた。俺にはもう、なにもない。

 「確かに今はなにもなさそうだけどさ」と彼女は苦笑する。

 「でも、なにもない状態になるようなことはあったでしょ」

 「能がない」

 「まじで?」といってげきちんは俺の頭をこつこつと叩いた。「入ってないのかなあ」と至ってまじめな調子でいう。「痛い痛い」と苦笑すると、「痛覚はあるね」と彼女はいった。

 「能力の方」と俺までまじめに返してしまった。

 「能力なんてそうそうあるもんじゃないっしょ」と彼女は明るく笑う。

 「誰も手で水を作れないし、癒しの光を発することもない。普通だよ」

 「それ、ファンタジーのやつ」

 「じゃあ敬ちんのいう能力ってなに?」

 「人と接する能力」

 「で、くみちんとなにがあったんさ」

 「……なんでもない」

 「嘘だよ。お似合いカップルになにがあったのよ」

 「お似合いなんかじゃないよ。俺に拓実はもったいない」

 「そうかなあ。むしろくみちんには敬ちんしかいないと思うんだけど」

 「そんなことないよ」と俺は苦笑する。「拓実にはもっとふさわしい人がいる」

 「なにそれ」とげきちんは苦笑する。少し怒ったようでもあった。けれども「敬ちんはくみちんが好きじゃないの?」という声は優しかった。

 「好きだよ」

 「で、あたしが思うに、くみちんは敬ちんが大好きなんだよ。なんで二人してそんな顔してるの」

 「俺は拓実を助けられなかった」

 「なにがあったのよ。事件にでも巻き込まれたの?」

 「そうじゃないけど」

 「焦れったいなあ。なんで二人してこの世の終わりみたいな顔してんの。喧嘩したんなら、ごめんね、これからも一緒にいたいな、ハートっ、でいいじゃん」

 「ハート……」

 「なに、二人付き合ってないの?」

 「なにもいってない」

 「あんなわかりやすく好き合ってて、好きっていい合ったりしてないの?」

 「それはいったけど……」

 「じゃあ付き合ってるようなもんじゃん」

 「時間って、人が気づかないうちにいろんなものを変えていくんだよ」

 「やだ難しい。なんて?」

 「かっこつけただけ」

 「ついてないけど」

 俺が愚かで気づけなかったうちに、拓実が限界を迎えてしまった。それだけのことだ。俺は拓実のそばにいる資格を剥奪された。自らの愚かさに。