敬人はやはり自転車を押していた。チリチリという音と足音を止め、「おはよう」とかわいらしく笑う。「おはよう」と答えながら、敬人に抱きつきたくなるのを堪える。

大丈夫、敬人はいなくならない。大丈夫、これでこそ敬人にふさわしい人。ポケットの中で敬人のくれたストラップを握る。怖くない、怖くない。永遠の絆を敬人はくれたのだ。

 敬人は自転車を押して歩きだすと、「昨日の夜」と話し始めた。「月がすごい綺麗だったんだけど、見た?」

 「ええ、見てない。なんかあったっけ、スーパームーンみたいな?」

 「ううん、なんでもないはずなんだけど、すごい綺麗だったんだよ」

 「へええ、見たかったなあ」

 「おっきい満月でね。すごい明るかった」

 「そうなんだね」

 宝石といえば、月の灯りに触れさせるといいと聞いたことがある。自転車を押しているのとは反対の手でポケットの中の輪を握り、せっかくならやってみたかったなと思ってみる。

 「もう、ちょっと落ち着かないくらいだった」と敬人は笑う。

 「まだ明るいのは好きじゃない?」

 「満月だったら新月の方が好きかな」

 「そうなんだね」と答えながら、少し嬉しくなった。あまり変わっていないところもあるのだというそれは、どこか安心にも似ていたかもしれない。

 「拓実は満月、好き?」

 「私はほら、暗いよりも明るい方が好きだから」

 「そっか」

 昨日の夜は、満月よりも敬人のくれた永遠の絆が明るかった。しかしそれは、外のぽっかり浮かぶ満ちた月の灯りを受けてあれほど輝いていたのかもしれない。敬人が見ていた光が、あの石を眩しく飾ってくれていたのかもしれない。

 敬人が見ていた月は、どれほど美しかったことだろう。普通の満月とは違う美しさ、儚さがあったことだろう。その瞬間の私は知らずとも、敬人が見ていたのだから。

体の奥の衝動のような直感がそれを感じ、その月灯りの美しさを大きく大きくふくらませたことだろう。