昼食が済むと、俺は相談室へ呼ばれていることを伝えて早々に席を立った。「またね」と手を振る舞島ののんびりした雰囲気は、いかにも女の子の気を引きそうだった。
「もてないのに綺麗に笑うねえ」という稲臣に「黙りなさい」と舞島が返しているのに笑って、俺は食器を返しにカウンターへ向かう。
一階の東端に位置する相談室の扉を三度叩き、丸いノブを回して手前に引いた。担任の姿が見え、咄嗟に「遅れてすみません」と頭をさげる。「俺もさっききたところだ」という担任の声は穏やかだったけれども、表情はかたかった。俺は後ろ手に扉を閉めた。
「座って」と彼の正面の席を示され、「失礼します」といってそこに着く。
「峰野が休んだね」と、彼は早速いった。体の中の全部がぎゅっと縮んだような心地がした。そうですね、などということもできない。
「なにか知らないかな」
「……それは」どういう意味ですかとも、俺にだけ訊くんですかとも続かなかった。体が変な熱を持って、嫌な汗に全身が湿っている。ひどく寒く感じる。
「峰野は入院した」
机の下で組んでいる手の震えが激しくなる。大丈夫、大丈夫と自分に暗示をかける。それを否定するように心臓が狂ったように忙しなく血液を送る。
大丈夫、大丈夫。拓実になにがあったのか、先生がどうして俺にそれを話すのかを確認しよう。俺は一度、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……なにがあったんですか」
「怪我をしたんだ、手首に」
「……手首」
「峰野となにかあったか?」
「なにがあったんですか、峰野さんに」
「怪我をして入院してる」
「なぜ怪我をしたんですか」それも入院するほどの重傷だという。
「なにも知らないのか?」
「知りません。峰野さんの容態はどうなんですか」
「実はね」と担任はいう。机の上で筋っぽい手を組む。「鴇田に話を聞いたんだ」
拓実と親しくしている女子だった。彼女をトキと呼ぶ拓実の声を聞いたことがある。事の進む嫌な道が見えたような気がする。どこになにがあるかはわからない、どこに続いているのかはわからない。けれども、ただでは済まないという確信ともいえるような予感がある。
しかし、途端にどこか冷静になった部分が出てきた。担任の右手親指の爪が一部黒くなっているのに気がついた。ぶつけたか挟んだかしたのだろう。まだ痛むのだろうかとお節介な不安がちらつく。
「……鴇田さんはなんと」
「峰野と尊藤の間にトラブルがあったようだと」
「……そうですか」
担任は組んだまま机から手をおろし、椅子の背もたれに体を預けた。パイプ椅子がぎいと鳴く。
「尊藤、昼食はなにを食った?」
いきなりなんの話だと思って見返すと、彼は軽やかに微笑んだ。「いいじゃないか、自分で作った弁当しか見てないと、ほかの人がなにを食べたのか気になるもんだ」
俺は自分の手元へ視線を逃がす。震えは落ち着いていた。
「食堂で日替わり定食を」
「そうか。なかなか人気みたいだよな。ほかに頼んでた人はいるか?」
「……ええ、一緒に食べた友達が一人」
「そうか。全部食えたか?」
「ええ、このあとなんの話をするのかと思ってよく味はわかりませんでしたけど」
「そうか」と担任は笑う。「悪いね」と。
「もてないのに綺麗に笑うねえ」という稲臣に「黙りなさい」と舞島が返しているのに笑って、俺は食器を返しにカウンターへ向かう。
一階の東端に位置する相談室の扉を三度叩き、丸いノブを回して手前に引いた。担任の姿が見え、咄嗟に「遅れてすみません」と頭をさげる。「俺もさっききたところだ」という担任の声は穏やかだったけれども、表情はかたかった。俺は後ろ手に扉を閉めた。
「座って」と彼の正面の席を示され、「失礼します」といってそこに着く。
「峰野が休んだね」と、彼は早速いった。体の中の全部がぎゅっと縮んだような心地がした。そうですね、などということもできない。
「なにか知らないかな」
「……それは」どういう意味ですかとも、俺にだけ訊くんですかとも続かなかった。体が変な熱を持って、嫌な汗に全身が湿っている。ひどく寒く感じる。
「峰野は入院した」
机の下で組んでいる手の震えが激しくなる。大丈夫、大丈夫と自分に暗示をかける。それを否定するように心臓が狂ったように忙しなく血液を送る。
大丈夫、大丈夫。拓実になにがあったのか、先生がどうして俺にそれを話すのかを確認しよう。俺は一度、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……なにがあったんですか」
「怪我をしたんだ、手首に」
「……手首」
「峰野となにかあったか?」
「なにがあったんですか、峰野さんに」
「怪我をして入院してる」
「なぜ怪我をしたんですか」それも入院するほどの重傷だという。
「なにも知らないのか?」
「知りません。峰野さんの容態はどうなんですか」
「実はね」と担任はいう。机の上で筋っぽい手を組む。「鴇田に話を聞いたんだ」
拓実と親しくしている女子だった。彼女をトキと呼ぶ拓実の声を聞いたことがある。事の進む嫌な道が見えたような気がする。どこになにがあるかはわからない、どこに続いているのかはわからない。けれども、ただでは済まないという確信ともいえるような予感がある。
しかし、途端にどこか冷静になった部分が出てきた。担任の右手親指の爪が一部黒くなっているのに気がついた。ぶつけたか挟んだかしたのだろう。まだ痛むのだろうかとお節介な不安がちらつく。
「……鴇田さんはなんと」
「峰野と尊藤の間にトラブルがあったようだと」
「……そうですか」
担任は組んだまま机から手をおろし、椅子の背もたれに体を預けた。パイプ椅子がぎいと鳴く。
「尊藤、昼食はなにを食った?」
いきなりなんの話だと思って見返すと、彼は軽やかに微笑んだ。「いいじゃないか、自分で作った弁当しか見てないと、ほかの人がなにを食べたのか気になるもんだ」
俺は自分の手元へ視線を逃がす。震えは落ち着いていた。
「食堂で日替わり定食を」
「そうか。なかなか人気みたいだよな。ほかに頼んでた人はいるか?」
「……ええ、一緒に食べた友達が一人」
「そうか。全部食えたか?」
「ええ、このあとなんの話をするのかと思ってよく味はわかりませんでしたけど」
「そうか」と担任は笑う。「悪いね」と。