拓実はいっそ恐ろしい女の子だ。かわいくてかわいくて、なにも考えられなくなる。小さな子供のような無防備なかわいらしさがある。近頃また明るく笑ってくれるようになったから、その愛くるしさが増している。

 しかし、ふと冷静になるとどうしようもなく悲しくなる。痛々しい涙声が蘇る。目元を覆う手から、ぎゅっと体に巻きついた腕から流れ込んできた恐怖が蘇る。

彼女にそんな思いをさせたのが自分なのだと思うと、絶望に似た暗闇に放り出される。

 俺が、拓実を頼りにしてしまったから。拓実の優しさを求めてしまったから。彼女はそれに応えてくれようとした。俺が弱いばかりに、彼女は俺を守ってくれようとした。

人を守れる人は優しいけれど、優しい人が人を守れるとは限らない。拓実は、優しい人だ。

 ちゃんとしないと生きていけないといった拓実の声が蘇る。

 いいんだよ、ちゃんとなんてしなくていい。そんなに頑張らなくていい。頑張らなくたって、ちゃんとしていなくたって、きっとそれなりにやっていける。

もしも本当にちゃんとしなければ頑張らなくては生きていけないのなら、俺がちゃんとする。拓実はもう頑張った。頑張りすぎた。壊れてしまうところまで、頑張った。俺のためにだ。もう、なにもしなくていい。つらい思いはもう充分だ。

 ノートに一粒、なにか落ちた。それはそこを濡らして弾けている。俺は文机の隅に置いてあるティッシュを取り出し、軽く押し当てた。鉛筆の字が少し滲んだ。適当に折り畳んだそのティッシュで洟をかんだ。上体を倒して脚を伸ばしてみると、びりびりと痺れていた。

 ティッシュを握りしめて拓実を思う。ごめんね、ごめんねと胸の中に罪悪感が湧いてくる。

 あそこまで苦しめておきながら、まだ一緒にいたいと願うのは酷だろうか。

 ごめんね、拓実。

 大好き——。