この頃から、拓実の様子が変わった。笑っていても、どこか悲しそうな顔をしていることが多くなった。会うたびに抱きついてくるようになった。

かわいくて守ってあげたくて胸がきゅっとなったけれど、それ以上に心配だった。拓実が、以前と比べて弱くなった。弱いのが悪いとはいわない。そうは思わないからだ。

けれども、これが拓実の本当の姿なのであっても、なんらかの刺激を受けたために弱くなってしまったのでも、いいこととは思えなかった。どうして今まで気を張っていたのか、拓実の身になにがあったのか。

 拓実の家の庭が好きだった。拓実は決まって、眼前に広がるその景色を遮った。俺が昔に、明るいところが怖いといったからなのだろうけれど、それとは少し違う気配を感じていた。目を覆われると、怖くなるようになった。どうしようもなく不安になる。

月の見えない夜はこの頃も好きだった。なにも見えない、なにも聞こえない、その心地よさは安らかな眠りへ意識を落とし込む。

少し前までは、拓実に目を覆われることで、真昼にその心地よさを感じることができた。けれども、今はちょっと違う。ではどうして、と考えたとき、「敬人」と揺れた声に呼ばれてはっとした。拓実が不安なのだと気がついた。

 「拓実」と答えると、彼女は片手で俺の目を覆ったまま、片腕でぎゅっと抱きしめてくる。どうしようもないような怖さが全身に溶け込んでくる。これは決して返してはいけないと、その恐怖の流れ出ないように意識を集中させた。

 「拓実」と名前を呼ぶのに時間がかかった。声を出してしまえば、体の芯を震わせるようなこの恐怖があふれてしまいそうだった。かといって、彼女を放っておくわけにもいかなかった。

 どうしたの、なにかあったの、大丈夫だよ。いいたいことはいくらでもあるのに、唇を開く勇気が、声を出す勇気がない。

 「敬人」と揺れる声は、世界の終わってしまうのを思い出させるかのような儚さがあった。

 体に巻きついた拓実の腕に両手で触れる。大丈夫、大丈夫、と何度も体の中でいう。大きな地震や雷鳴に怯える子供をあやすのはこんな気持ちなのだろうかと思う。

自分も怖いけれど、決してそれを伝えてはならないという緊張感、怯える小さな体の悲しさ、なにもできない自分への無力感。「大丈夫だよ」という言葉への、世界を救う力があるような期待。

 「大丈夫」となんとか声を出して、拓実の腕をとんとんと叩く。ぎゅっと締めつけられたのが、体の外側か内側か、わからなかった。