通学班から、そのまま敬人を連れて家に帰った。いつもの部屋に入ると、私はランドセルを放った。敬人もランドセルをおろして、私のものの隣にそっと置いた。

 「テスト、返ってきたね」というと、彼は「ああ、そうだね」と困ったように笑った。

 「何点だった?」

 「八十六……とかだったかな」

 「そう」

 「拓実は?」

 「九十八点。最悪だよ」

 「八十六の前でいう?」と敬人は苦笑した。

 「敬人はいいんだって」

 「ええ、なんで俺は?」

 私が守ってあげるから、と口の中で舌を動かした。

 敬人には、怖い思いなんてさせない。敬人のことは誰にも傷つけさせない。絶対に、だ。そんなことをする人でなしは、私がどうにかしてやる。どんな手を使ってでも、絶望の底へ突き落としてやる。

 「まあ、俺はちょっと諦めてるところもあるしね」と彼は笑った。

 「敬人は、ただここにいればいいんだよ」

 「そう? でもそういうわけにもいかないよ」

 「どうして」と声が飛び出した。気がついたときにはそう叫んで、敬人に詰め寄っていた。

 「違うよ、敬人はここにいればいいんだよ。なにもしなくていい」

 「いや……だって俺もとりあえず働かないと」と彼は笑う。

 「じゃあ」といったのはもう、縋るような気持ちだった。敬人が……いなくなっちゃう。「私が働く。それで一緒にいよう、ね? 私がちゃんとするから、私が頑張るから、だから……」

 向かい合った敬人の服を掴むと、勝手に涙が出てきた。胸の奥が痛くて苦しくて、たまらなかった。世の中へ出ていくのが怖い。けれどもそれ以上に、敬人を失うのが怖い。

大丈夫、大丈夫、と必死に自らへいい聞かせる。敬人がいれば、怖いものなどない。敬人をこの恐怖に晒すくらいなら、私がこれと闘おう。

 「拓実、どうしたの? なんで泣くの?」

 必死に敬人へ抱きついた。しがみつく、という方がふさわしいように。少しでも、敬人がそばにいることを感じたかった。確かめたかった。敬人が、まだそばにいる。まだ、こんなことができるようなところにいる。

 「敬人、敬人……」

 「うん」と響いた優しい声が、彼の優しい腕を運んできた。

 「敬人……どこも、いかないで……」

 「いかないよ。中学受験なんてタイプじゃないよ、俺」

 怖くてたまらない。敬人が、この世界に溶けていってしまうのが、どうしようもなく怖い。私のそばを離れてしまう。敬人にとって、私は必要のない存在になってしまう。

 「敬人……」

 お願い。どうか私を捨てないで、敬人。私のそばにいて。なんでもする、なんでも差し出す。だからどうか、その濡れたような綺麗な目を曇らせないで。

そのままで、その綺麗な目で、私を見ていて。敬人のかわいいも綺麗も、その素敵の全部を、偽りに穢さないで。汚させないで。その魅力を、どこにでもあるものにしてしまわないで。