敬人に会う休日には、やはり和服を着た。

 今まで以上に敬人に会うことの喜びが大きくなった。私は深く彼を求めていた。嘘だらけの残酷な世界で、唯一、本当の存在だった。

敬人は確かに存在して、私のそばにいてくれて、私は確かに敬人が好きだった。その唯一の真実が、私の心を暖かく優しく癒してくれた。

 下駄を履いて駆け寄ると、私はぎゅっと敬人を抱きしめた。「敬人」と名前を呼ぶと、彼は「どうしたの」と優しい声でいう。「会いたかった」といえば、「昨日学校で会ったじゃない」と笑う。

 「敬人……」

 「拓実?」

 「敬人」

 「どうしたの」と髪を撫でてくれた。菊の飾りをつけた髪の毛。

 「拓実、なにかあったの?」

 「なんにもないよ」と答える声が少し震えた。どうしてか、無性に泣きたくなった。世の中に本当のことなんてない。みんなみんな、嘘だ。それはもう、ずっと前にわかったことだった。

そんな悲しい世界で、敬人は確かに存在する。私は確かに彼を愛している。それで満ち足りるはずだった。それで、怖いものなど一つもないはずだった。それなのに、私はこれ以上の安心を求めていた。

 「拓実」と呼ばれて返事をするより先に、敬人は自らの肩口に私の顔を当てさせた。なにも見えなくなった私の髪の毛を、彼の手が優しく撫でてくれる。

 「怖いなら、見なければいいんだよ」

 「敬人のくせに」と私は笑った。

 「拓実が教えてくれたんだよ」と彼はいう。「俺はほとんど、拓実でできてるみたいなものだよ」

 「そう?」

 「拓実は俺の知らないこといっぱい知ってる。俺が知らない拓実のことも、きっと知ってる。……いろいろ、教えてほしい」

 敬人に教えたい私なんてない。私はただの小心者で、どうしようもなく敬人が好きなだけの人間だ。

私が敬人に知っておいてほしいことは、ただ、私たちのいる世界が残酷であることだけだ。偽りだらけで、本当のことなんてまるでない、ぬくもりも優しさも知らない、悲しい場所であるということだけだ。

 だからどうか傷ついちゃいけないよと、敬人に伝えたいことなんてそれだけだ。それだけの、はずなのだ。

 それなのに「ねえ、敬人、……私のこと、好き……?」なんて声が出た。

 敬人はくすりと笑った。「大好きだよ」と髪を撫でてくれる。

 「ねえ、拓実って意外と寂しん坊?」

 「……うるさい」

 大好きな人からの好きがどうしても欲しかったのだ。

 「じゃあ拓実は? 俺のこと好き?」

 「……嫌いじゃあないよ」

 「じゃあ俺は幸せ者だね」

 敬人は軽やかに笑った。そして「拓実、かわいい」なんていった。

 頭の奥が溶けてしまいそうな、優しく暖かい、甘美な響きだった。