服を着るのが好きだった。服の数だけ自分と生きる世界が増えるような気がした。華やかでかわいいワンピースは宮殿のお姫様。

ふんわりしたスカートは森の中の秘密の花園で遊ぶかわいい女の子。綺麗な着物はお上品なお姉さんで、日本的な造りの自宅が由緒正しい豪邸に思えた。

 出かけることが大好きだった。知らないもの、珍しいもの、かわいいもの綺麗なもの、魅力的なものがあちこちにあった。横断歩道よりも歩道橋が好きだった。ひゅんひゅんと走っていく車を高いところから眺めるのが楽しかった。

なんだか特別な存在になった気がしたのだ。自分の足元を車が通っていくなんて普通はないことだ。歩道橋はそれを叶えてくれる。しかし、その夢のような心地にさせてくれる歩道橋は、どこもかしこも普通の地面と同じ色をしていた。硝子張りにでもなっていればもっと楽しいし見た目も綺麗なのにと思ったものだ。

 空を見るのも好きだった。やわらかな真っ白な雲がゆっくりと流れていく。あの雲の上で暮らすことを夢見た。きっと暖かくてやわらかくて、幸せな心地がするのだろう。

想像するだけでわくわくした。ハートのような、動物のような形の雲を見るたびにうきうきした。遠くに浮かぶそのやわらかさを抱きしめたくなった。

 水の流れを見ているのも大好きだった。水は生きていた。自分の考えや思いを持ってそこにいて、その道を使って目的の場所へ歩いているのだと思っていた。

両親へ「川のお水はどこへ行くの?」と尋ねたことがある。「海へ行くんだよ」と返ってきた。私は川の水を手で掬って舐めてみた。塩っぱくはなかった。

「海へ行くとどうして塩っぱくなっちゃうの?」と尋ねると、しばらく考えるような沈黙があり、「海がそういうところだからかな」と返ってきた。

ひどく悲しい気持ちのなったのを憶えている。どこか甘いような綺麗な水が、あの潮水へ変わってしまうのが、どうしようもなく悲しかった。海には初めから海であってほしかった。川にはずっと川であってほしかった。