菊の花はすっかり萎れていた。片手で包むように触れてみると、いつもと揺れ方も違うように感じる。ああ拓実、拓実。会いたい。もう一度、そばにいたい。

 「拓実……」改めて罪の意識が芽生えてくる。ごめんね、拓実。絶望した拓実の声と表情と、体温と、触れたものすべてが蘇る。ごめんね。もう、つらい思いなんてさせない。あんな悲しい声で叫ぶようなこともさせない。

 右手のひらで触れている花が、どんどん枯れていくように感じる。どんどん、拓実がいなくなっていく。俺が好きになってしまったがために、拓実がいなくなっていく。離れていく。——壊れていく。

 ふと、あの言葉が本当ならば、鴇田の気持ちがわかったような気がした。拓実の気持ちもわかったように思う。今までの罪に許しを乞うてでも近づきたい。

けれどもそうする相手のすべてが鬱陶しい、忌ま忌ましい。拓実にとっての俺は、俺にとっての鴇田だ。

 気づいたら息が苦しかった。顔が濡れている。拓実、拓実と心の底から彼女を求めている。彼女の自分への気持ちがわかった気でいながら、どうしようもなく彼女を求めている。会いたい、話がしたい。

好きになってごめんねと、胸が痛くて苦しくてたまらない。もうじょうずにやっていくから、ちゃんと一人で生きていくから、拓実を自由にするから、一度だけ会いたい。

拓実がいなきゃなんて縋ったりしない。そんな鎖のような言葉は飲み込む。だからどうか最後の一度を、笑って許してほしい。あの頃の拓実に、会いたい。

 鴇田にそれができなかったのに、拓実の器用さに甘えたがっている自分に吐き気がする。

 ——「世の中にはね、本当のことなんてないんだよ」。

 幼い拓実の声。本当にそうだったらどれだけ幸せだろう。今までの幸せが嘘であるのと引き換えに、今を嘘にできる。

 違う。嘘なんかじゃない。どれもこれも本当だ。俺は確かに拓実と一緒にいた。確かに、拓実を救えなかった。だから今があるのだ。どれも嘘になんて、できない。