「ねえ」と鴇田はいう。「なんでミネに嫌われるようなことしたの?」

 「……どういうこと」

 「ミネは尊藤君のことが嫌いだよ」

 目の辺りが熱っぽく重たくなる。泣くな泣くなと必死に自分へ叫ぶ。わかってる、わかってる。ずっと知っている。思い出しただけでなんだという。泣くほどのことではない。幼い拓実の笑顔が蘇る。彼女を思い出すな。呼ぶな、縋るな、求めるな。

 「ねえ」と口調が強くなる。「なんでミネに嫌われるようなことしたのよ」

 「知らない」とつられていい方がきつくなった。一拍置いて冷静になってから「俺はなにもしてない」と続けた。嘘ではない。俺は拓実に、なにもできなかった。

 「ミネは友達なの。私はミネが好きだよ、友達だから。なのになんで尊藤君なの?」

 「……なにをいってるの」

 「ミネが誰を嫌おうと否定はしないよ。嫌いになっちゃったならしょうがないもん」でも、と鴇田の声が震える。「なんで、なんで尊藤君なの? なんでミネに嫌われるようなことをしたのよ」

 俺は深く息をついた。雑念を払うように頭を振った。「……好き、なんだ」

 「……は?」

 「拓実のことが好きなんだよ。なんでもできる、なんでも知ってる。俺とはまるで違う拓実に憧れた。拓実はじょうずに生きてた。俺もそうなりたいと思った。追いかけてるうちに好きになった。それだけだ」

 「じゃあなんでミネが尊藤君を嫌うの」

 「それは知らない。気づいたら今になってた」いいながら、ああ結局嘘をついたな、と内心苦笑する。知らないはずがない。気づいたら今の関係になっていたなんてはずがない。

俺が拓実を救えなかったからこうなっているのだ。鴇田にわざわざ話すつもりはないけれど、嘘をついた自分が嫌になる。自分を守ろうとしているようで気持ち悪い。

 「私も尊藤君のことは嫌いだよ。嫌いにならなきゃいけないの」

 「好きになる必要はない」

 鴇田は激しく首を振った。机に一滴、透明なものが落ちた。

 「そうじゃない……」という声は泣いていた。「そうじゃないよ……。好きなのに、尊藤君のことが好きなのに、大好きなミネが嫌いだから私も嫌いにならなくちゃいけないの。……でも、できない。ちゃんとできない……嫌いになれない……。好きのまんまなの。尊藤君が好き……。もう、我慢できない……。ミネのために嫌いになるなんてできない……」

 彼女がなにをいっているのかまるでわからない。どうして泣いているのかもわからない。ただ——。「俺は鴇田が嫌いだよ」

 鴇田は黙って大きく何度も頷く。「わかってる」と泣いた声がいう。「当然だよ」と。

 ごめんね、と彼女はいう。「ごめん、ごめんね……尊藤君」

 「別に謝らなくていいよ」俺はケースを入れたのとは違う方のポケットからティッシュを取り出した。机の濡れたところを拭う。

 彼女の言葉を咀嚼して、恐る恐るその泣き顔を見あげる。「俺のこと、好きなの?」

 「……好きだよ。大好き」

 「そう。じゃあ謝るのは俺の方だ」

 「え……?」どうして、と大きな目が濡れながら訊いてくる。

 「もう、近づかないでほしい」

 濡れた目が見開かれ、次々と新しい一筋をこぼす。

 「……忘れさせてほしい、全部」

 俺はそっと腰をあげた。「話はこれだけ?」と尋ねると頷いたので、扉のそばに置いてあるごみ箱へ丸めたティッシュを捨てて教室を出た。