「しかし、おかしくないか?」と彼がいう。上履きを履きながら「これじゃあ鴇田はなにがしたいんだって話だよ」と続ける。

 「尊藤は明らかに気弱だ。峰野ほどの女が尊藤と喧嘩したとしたって、そんな衝動的なことしでかすか? 圧倒的に峰野の方が強いと思うんだが」

 階段へ向かうと、松前は隣にくっついてきた。

 「俺もわからない」といいながら、もしかしたら、とも思う。拓実は俺よりも頭はいいけれど、心はとても繊細だ。あの救えなかった心が、まだ回復しないままかもしれない。そうなれば、俺が原因ともいえる。

 俺が、拓実を——。

 遠い地面を見ているときに風に吹かれたような心地がして、歩くのが遅くなる。

 「これがドラマかなにかなら、本当は尊藤がとんでもない悪党でしたって感じなんだろうけど……」

 「俺に人と喧嘩するような度胸はないよ」となんとか苦笑すると、松前は「だよな」となんでもないように頷く。

 「こう思ってるのは俺だけじゃないはずだ。鴇田が嘘をついてるんなら、あまりにも不利すぎる。誰も信じない」あいつはなにがしたいんだ、と彼は呟く。

 松前が足を載せたことで、階段の端についた滑り止めのようなものがタンと音を響かせる。

 「尊藤さ、本当は峰野じゃなくて鴇田の方となんかあったんじゃねえの?」

 「わからない。好かれてないことは知ってるけど、きっかけらしいことはなにもなかったはずなんだ」

 「ほええ。まあそういうもんか。こっちはなんともないと思ってても、相手は大げさに捉えてたりする」

 「そういうことも多いだろうけど、俺は鴇田とは会話らしい会話はしてないんだ」

 「ふうん……。じゃあなんで嫌われてんだ?」

 「わからない」

 「大変だねえ。しかし、峰野がこんな騒動に巻き込まれるとはなあ。逆にあれか? 鴇田は峰野が嫌いなのかもしれない」

 「え?」

 「むしろ鴇田は、峰野の方を陥れようとしてるのかもしれないってこと」

 「どうして」

 「確かに二人は親しげだが、なんか揉めたのかもしれん。それで、本当は自分が峰野を病院送りにすることになった。衝動的になんかやっちまったのかもしれないし、揉み合ってるうちに階段から落ちたとかかもしれない。とにかく、さてどうしようかってなったときに、どうでもいい奴に罪をなすりつけようってんで、ふと思いついたのがお前だった」

 「迷惑なんだけど……」

 「で、峰野がもし帰ってきたとしても、学校じゃ自分が同級の男子と問題を起こして自殺未遂をしたって大騒ぎ。峰野は学校にいづらくなる。鴇田はそれ見て大笑いつって。それくらい考えられなくなってるとしか思えなくないか? 峰野と尊藤なんて、普段あまりにも接点がない」

 「……峰野さんの状態はどうなんだろう」

 「はあ?」と松前の声があがる。「そんな場合じゃないだろ、お前だって大変なんじゃないの?」

 「……まあ、俺は本当のことだけいい続けるよ」

 「弱いんだか強いんだかわからん奴だな。でもまあそうか、峰野も被害者かもしれないわけだし……」

 鴇田あいつは本当になにがしたいんだ、と彼は呟いた。