「ところで」と敬人は鉢の花を見る。「ホトトギスって?」

 「……ああ、この花びらの点々が、鳥のホトトギスの胸の模様に似てるって、そういう名前みたい」

 「ふうん」

 「ちなみに花言葉は——『私は永遠にあなたのもの』」

 「永遠?」と敬人は笑う。

 「そう、永遠」私は敬人の前であの輪を揺らした。「敬人のくれたこれと同じ」

 敬人の表情が、大人びて見えるほど優しくなる。

 「それ、まだ持っててくれたんだ」

 「……うん」

苦しい時期もあったけれど。いや、これからがもっと苦しい。あの頃に永遠も絆も捨ててしまえば、敬人を傷つけることはなかった。優しく真っ直ぐな女の子を、罪に染めることもなかった。彼を騙して生きることもしないで済んだ。

今後、敬人のくれる優しさは、無邪気さは、私に罪を深く刻み込む。私はやはり、敬人にふさわしい人ではない。

醜さを隠しているような奴が、嘘をついているような奴が、敬人にふさわしいはずがない。そんな奴に、人を、彼を、じょうずに愛するなんてことはできない。

 私は醜いまま、敬人にふさわしくないまま、彼のそばにいる。しぶとく、図々しく。

 「拓実」と手を重ねられ、輪が敬人の手へ移った。それから左手のひらを重ねられ、敬人の優しい指先が、その輪を私の薬指へ通した。

 「早いうちに、本物を」なんて敬人はいう。「拓実がとられる前に」と。

 手のひらが重なったまま指先に口づけを落とされ、その指先から全身が熱くなる。

 敬人の手が、腕の方へ進んでくる。痛みだけがなくなった手首に、優しい手のひらが触れる。「ごめんね」と敬人がいう。「敬人のせいじゃないよ」とだけ答える。

無数にあるうち、この特に濃く長い五本の傷は、敬人たちの心の傷と同じだ。痛まなくなっても、見ない瞬間があっても、きっと最期まで消えはしない。怨恨のように。

 敬人、トキ、稲臣、紙原。

 あと一人——。

 「敬人」と大好きな名前を呼ぶ。合図にしたように、優しい体温が包んでくれる。「拓実、小さくなったね」と無邪気な声が笑う。「敬人が大きくなったんだよ」

 ああ、大好きという感情がこんなにも苦しいとは知らなかった。恋が罰になるなんて、知らなかった。

 私は永遠に、敬人のもの。


 真っ直ぐに、ちゃんと恋をしよう——。