初めて、敬人の家にきた。一階の縁廊下から見える、晴れた外に出された植木鉢に、なにやら斑紋の入った白い花が咲いている。紫色の斑紋だ。

 「あれ」と敬人が声を漏らす。「またなんか咲いてる」と。

 「また?」

 「あの植木鉢、ずっと拓実がくれた菊が咲いてたんだ。十年近く、ずっと」

 「十年? え、ずっと?」

 「うん。一回も萎れたり枯れたりしないで、ずっと。朝も夜も」

 「へえ……手入れがよかったのかな?」

 「そんなでもないと思うんだけど……」

 敬人が外と中を隔てる大窓を開けた。身を乗り出して植木鉢を引きあげる。どん、と重たい音がして廊下へあがった植木鉢は、乾いた土で少し足元を汚した。

 敬人は鉢に咲いた花を覗き込む。「なんか、変わった花だね。ちょっと百合の花みたいな」

 「これ、あれだよ」

 名前をいおうとしたとき、鳥の声が聞こえた。キョッキョッ、キョキョキョキョ。

 「そう、ホトトギス」

 「ホトトギス?」それはさっき鳴いた……、と敬人は開いた窓の外を見る。「お菊!」と声をあげるので、わけがわからず「え?」と声が出た。

つられて窓の外を見てみれば、濃緑の着物を着た、赤いおかっぱの女の子の腕に鳩ほどの大きさの鳥が止まった。鳥はお腹が白くて、ほかは茶色と灰色の間くらいの色をしている。

 ふと思い出して、私は鉢の中の花を見おろす。「でもホトトギスの花って、早くても七月頃みたいだよ、咲くの。終わりに近いけど、今はまだ六月」

 それに——。

 「鳥のホトトギスはそろそろ声が聞けなくなる頃——」いいながら窓の外へ視線を移すと、女の子も鳥もいなくなっていた。

 「え、怖い。なに?」

 「見えた? 女の子」

 なんでもないようにいって、敬人は私を見る。

 「見えちゃった……」

 「拓実がくれた菊の花だよ、赤いおかっぱの子」

 まさか、それでお菊、と。

 「じゃあさっきの鳥は……?」

 「菊のあとにホトトギスが咲いた、ってことかな」

 「なにそれ」

 開け放った窓から、よく響く鳥の声が入ってくる。キョッキョッ、キョキョキョキョ。

 「たぶん、あの鳥はしばらくいるんじゃないかな」

 「慣れてるね。ああいう変なの、見える人なの?」

 「いや、お菊が初めてだよ。拓実に会いに行く勇気をくれたんだ」

 会いに行けてよかった、と無邪気に笑う敬人の愛らしさに、胸の奥で罪がふくらむ。私はこれから一生涯、この純粋な彼を騙し続ける。

あの綺麗な心を持ったかわいい女の子に罪を着せ続ける。彼はなにも知らないまま私に笑ってくれる。私はそのたびに耐え難い痛みを隠す。なんでもないように笑い返す。

醜い心のまま、悪事を清算しないまま、この純粋で綺麗な心に向き合わなくてはならない。大好きとごめんねの間を、幾度となく、幾度となく、行っては戻ってを繰り返す。

最期の最期まで、罪を喰らう。綺麗な心と二人きり、誰にも知られないまま後悔を重ねる。