話している間、目の前ではずっと雨が降っていた。

 「やっぱり」と舞ちゃんがいった。「とーちゃんは優しい」

 「は?」なにをいっているのか、まるでわからない。私は舞ちゃんの友達をいじめた。ひどくひどく傷つけた。

 「敬人のいった通りだ」

 「……なにが」

 「ちょっと誤解があっただけ」

 喉の奥が重たくなって、足元を見た。誤解があった。誤解していたならなにをしてもいいの? そんな訳ない。私はミネを利用して、ミネを大好きだった尊藤君を傷つけた。その尊藤君の苦痛はどれほどだろう。大好きな人とうまく付き合えなくなって、その人が突然学校を休んでしまったと思えば、自分と問題を起こして自分で自分を傷つけたと噂が流れている。

どれほど怖かっただろう。ミネが死んじゃうかもしれないと思ったに違いない。自分のせいで、大好きな人が死んでしまうかもしれないと。その怖さがどれほどのものかなんて、私の想像力は追いつかない。想像さえできないほどの恐怖を、苦痛を、私は与えたのだ。自分の好きな人に、舞ちゃんの友達に。

 「敬人は今日、峰野に会いに行ったよ」

 見あげた舞ちゃんの表情は優しかった。

 「ミネ、本当はどうしてるの?」

 「先生のいった通りだよ。手首を怪我して入院してる。詳しいことは知らないんだけど」

 ふわっと体勢が崩れて、倒れると覚悟したとき、暑いほどの優しさの中にいた。「よく頑張ったね」と舞ちゃんの声がおりてくる。

 「確かにちょっと……うん、やりすぎだけど、峰野を守ろうとしたんでしょ?」

 頷けなかった。ミネを守ろうとした。でも、なにが残った? 全部、壊しただけだ。

 「とーちゃん」

 「……やめて」

 これ以上、私を最低なものにしないで。

 「俺じゃだめかな」

 なにが? 嫌だよ。やめてよ。

 「入学式のあとに会えたとき、すごい嬉しかった」嬉し泣きって本当にあるんだって思ったよとかわいい声が笑う。

 「とーちゃん。俺は、敬人の代わりにはなれないかな」

 「最低だよ」思ったより大きな声が出た。本当に、最低だ。ミネを傷つけて、尊藤君を傷つけて、今度は舞ちゃんを利用して癒されようっていうの? そんなの、許されるはずがない。私には、誰かに大切にされる資格なんてない。誰かに縋っていい理由を持っていない。助けてもらえるようなところに、私はいない。

 「敬人」と舞ちゃんの声がいう。「たぶん、峰野と仲直りすると思うんだ」

 「……そう」よかった。ミネが尊藤君を許せるなら、二人、一緒にいればいい。少なくとも、尊藤君はそれを望んでいるはずだ。

 「とーちゃん」

 「……なに?」

 「大好き」ずっ、と洟を啜るような音がした。

 「一緒に、いさせてくれないかな」

 舞ちゃんのシャツをぎゅっと握る。何度も首を横に振る。「だめ」

 今度は私が洟を啜った。

 「舞ちゃん、おかしいよ」

 「うん。おかしいね。もうずっと、とーちゃんが大好きだ」

 「私は、舞ちゃんの友達を傷つけた」

 「うん」

 「舞ちゃんだってつらかったでしょ?」

 「うん」

 「いろんな人、傷つけた。ミネも尊藤君も、舞ちゃんも、……きっと、稲臣君も紙原君も、松前君も、つらかった」

 「うん」

 首を振る。「だめ、私には……大事にしてもらう資格なんてない」

 「じゃあさ」と暖かい声が落ちてくる。「俺に、とーちゃんを好きでいる資格はないかな」

 違う、そういうことじゃない。舞ちゃんは自由に、幸せになるべきだ。けれどそれに、私は関わってはいけない。

 舞ちゃんがぎゅっと腕に力を込める。思ってくれているのが伝わるこの腕の中は、とても居心地が悪い。苦しくてたまらない。

 「許せなくていいよ。とーちゃんが許せないなら、それでいい。忘れちゃいけないと思うなら、忘れなければいい。でも、とーちゃんは峰野を守ろうとした。それも本当」

 「やりすぎだよ」と叫んだ声に、「やりすぎだよ」という舞ちゃんの強い声が重なった。

 「やりすぎだよ」と、優しく繰り返される。その声のような手に、とんとん、と肩を叩かれる。「でも、とーちゃんが峰野を大切に思ってやったんだっていうのを、俺が教えちゃだめかな。それを忘れちゃうとーちゃんに、……教えちゃだめかな。友達のために戦ったんだよって。とーちゃんは優しい人だよって」

 「なんで……」必要以上に飛び込んでくる空気に、喉が鳴く。舞ちゃんの優しい手のひらが背中を叩いてくれる。「なんで、そんな……」

 「一緒にいさせて」と、舞ちゃんの優しい声がいう。

 「大好きな人のそばに、いさせて」と。

 「忘れることなんかないよ。いつか考えないときがくるだけで、思い出せなくなることなんかない。……それでいいじゃん。いつか、たまに思い出そう。一緒に思い出そう。ね」

 とーちゃん、と優しい声が呼ぶ。「とーちゃんを、一人にさせないで」