「とーちゃん」と声がして体が震えた。振り返ると「ごめん」と困ったように笑う顔。舞ちゃんだ。私は、舞ちゃんの友達をいじめた。どうしようもないほどの罪の意識は恐怖にも似ていた。たまらず逃げ出そうとしたのを、「待って」と優しい声に腕を掴まれた。「話、したい」と。
舞ちゃんと二人、店の外に出た。雨宿りでもするように、軒下に立つ。目の前を落ちていく雨粒が、ぱちぱちと足元で弾ける。
私はそっと深呼吸した。濡れた空気は目の前の雨の匂いがする。
話をしたら、思い切り怒ってほしい。否定してほしい。ふざけるな、彼がどれだけ苦しんだと思ってるんだ、と。
——尊藤君には一目惚れのようなものだった。
決してかっこ悪くはないけれど、別に綺麗なわけじゃない。普通の穏やかそうな男の子だった。ただ、その雰囲気が不思議で魅力的だった。どこか影があるような、なにか惹かれるものがあった。
どうしてこんなに気になるんだろうと見ているうちに、ミネに思いを見抜かれた。そして、ミネが尊藤君を嫌いだと知った。大きな理由はないといっていたけれど、ミネが尊藤君に傷つけられたのは間違いなかった。いつも明るいミネの、あんな悲しい目は初めて見た。許せなかった。
なにがあったのか、詳しいことなんてどうでもよかった。そこに深く突っ込むのは残酷なことだと、ミネのその濡れた悲しい目が教えてくれた。それを知った途端、私が魅力を感じていた尊藤君の影は、そんな悪いものでできていたのかと驚いた。
人を傷つけておいてなんでもないように友達と笑っているのが許せなかった。ミネの傷はまだ、思い出して涙が出るほど深いのに、痛んでいるのに、彼は友達と笑っている。ミネの傷がないかのように。そんなことってない。
尊藤君が舞ちゃんとも親しいのは知っていた。放課後に舞ちゃんを含む何人かと一緒にいるのを見たことがあった。
舞ちゃんのことは好きだった。優しいし、話せばおもしろい。それでいて、顔立ちも華やかな衣装を着てテレビの中で歌っていてもおかしくないのだからずるい。もっとも、私の好みではないけれど。見た目の雰囲気なら、王子様のような人よりも波乗りのような人が好きだ。
尊藤君への憎悪は舞ちゃんをも傷つける。それでも構わないと思うほど、尊藤君が許せなかった。ミネの悲しい目が苦しかった。
初めはものを隠すだけでも誰かに見られはしないかと怖かった。けれど悪意はそれを易々飲み込んだ。少しでも傷つけてやる、ミネの痛みを思い知らせてやるとどんどん燃えて、手がつけられなくなった。ミネの傷がいつか癒えても、この人のは一生癒えなくていいとさえ思った。ノートを破った。ノートに汚い言葉を殴りつけた。汚いというより、彼の存在を否定するような言葉も書いた。
次第に、尊藤君が笑わなくなった。それを見て、一気に炎が弱まった。最低なことをしたと思い知った。私は一人の人から笑う気力を奪った。
けれどミネはと思うと、炎はまだ消えなかった。ミネの傷は、まだ涙が出るほど痛んでいる。笑っていられる方がおかしかったのだ。
しかし、尊藤君に絶望に似た暗さが見え始めると、また炎は勢いを弱めた。被害者ヅラしやがってと必死に炎を保った。火花の散らなくなった線香花火のような、頼りない炎だった。
とうとう、罪の意識が重みを増してきた。尊藤君が友達の前で無理に笑っているのがわかった。これでは私も彼と同罪になる。それだけは嫌だった。自分を許せず生きていく勇気など持ち合わせていなかった。
紙に書いた文字で、放課後、尊藤君を呼び止めた。悲しそうな顔を正面から見るたび、苦しくなった。
舞ちゃんと二人、店の外に出た。雨宿りでもするように、軒下に立つ。目の前を落ちていく雨粒が、ぱちぱちと足元で弾ける。
私はそっと深呼吸した。濡れた空気は目の前の雨の匂いがする。
話をしたら、思い切り怒ってほしい。否定してほしい。ふざけるな、彼がどれだけ苦しんだと思ってるんだ、と。
——尊藤君には一目惚れのようなものだった。
決してかっこ悪くはないけれど、別に綺麗なわけじゃない。普通の穏やかそうな男の子だった。ただ、その雰囲気が不思議で魅力的だった。どこか影があるような、なにか惹かれるものがあった。
どうしてこんなに気になるんだろうと見ているうちに、ミネに思いを見抜かれた。そして、ミネが尊藤君を嫌いだと知った。大きな理由はないといっていたけれど、ミネが尊藤君に傷つけられたのは間違いなかった。いつも明るいミネの、あんな悲しい目は初めて見た。許せなかった。
なにがあったのか、詳しいことなんてどうでもよかった。そこに深く突っ込むのは残酷なことだと、ミネのその濡れた悲しい目が教えてくれた。それを知った途端、私が魅力を感じていた尊藤君の影は、そんな悪いものでできていたのかと驚いた。
人を傷つけておいてなんでもないように友達と笑っているのが許せなかった。ミネの傷はまだ、思い出して涙が出るほど深いのに、痛んでいるのに、彼は友達と笑っている。ミネの傷がないかのように。そんなことってない。
尊藤君が舞ちゃんとも親しいのは知っていた。放課後に舞ちゃんを含む何人かと一緒にいるのを見たことがあった。
舞ちゃんのことは好きだった。優しいし、話せばおもしろい。それでいて、顔立ちも華やかな衣装を着てテレビの中で歌っていてもおかしくないのだからずるい。もっとも、私の好みではないけれど。見た目の雰囲気なら、王子様のような人よりも波乗りのような人が好きだ。
尊藤君への憎悪は舞ちゃんをも傷つける。それでも構わないと思うほど、尊藤君が許せなかった。ミネの悲しい目が苦しかった。
初めはものを隠すだけでも誰かに見られはしないかと怖かった。けれど悪意はそれを易々飲み込んだ。少しでも傷つけてやる、ミネの痛みを思い知らせてやるとどんどん燃えて、手がつけられなくなった。ミネの傷がいつか癒えても、この人のは一生癒えなくていいとさえ思った。ノートを破った。ノートに汚い言葉を殴りつけた。汚いというより、彼の存在を否定するような言葉も書いた。
次第に、尊藤君が笑わなくなった。それを見て、一気に炎が弱まった。最低なことをしたと思い知った。私は一人の人から笑う気力を奪った。
けれどミネはと思うと、炎はまだ消えなかった。ミネの傷は、まだ涙が出るほど痛んでいる。笑っていられる方がおかしかったのだ。
しかし、尊藤君に絶望に似た暗さが見え始めると、また炎は勢いを弱めた。被害者ヅラしやがってと必死に炎を保った。火花の散らなくなった線香花火のような、頼りない炎だった。
とうとう、罪の意識が重みを増してきた。尊藤君が友達の前で無理に笑っているのがわかった。これでは私も彼と同罪になる。それだけは嫌だった。自分を許せず生きていく勇気など持ち合わせていなかった。
紙に書いた文字で、放課後、尊藤君を呼び止めた。悲しそうな顔を正面から見るたび、苦しくなった。