以前から、一つの可能性が頭にあった。去年、敬人に聞いた話から想像したものだ。紙原のいっていた峰野拓実という美人、彼女こそなにか持っていそうではないか。二人の間には、敬人が弱気になるようなことがあった。
多少言葉が大きく感じるけれども、峰野が敬人への復讐を考えていたらどうだろう。敬人は峰野を繊細な人だといった。
大人のような人だともいっていたけれど、峰野は敬人に頼る部分も多かったのではないだろうか。
繊細な心には日常の刺激は強過ぎることもあるだろう。その癒しを、峰野は多少、敬人に求めていたのではないだろうか。
あるとき、敬人がそれに応えられなかった。峰野はそれに深い傷を負い、なんとか敬人の気を引こうとした。
あるいは、そばにいてほしいときにいてくれなかったことに怒って、悪意を持って——つまりは本当の意味での復讐を企てた。
俺はその頃、紙原や稲臣の間で加害者側に鴇田という名前があがっていたことを知らなかったから、紙原にその仮説を話した。まずは「敬人の話、ちょっと怪しい人いるんだけど」と。
「峰野」と繰り返した紙原は驚いたようだった。「なんで」と。けれど紙原は大人だった。あくまで冷静で、俺の言葉に耳を傾けた。
俺は多少ばらばらになりながら仮説を話した。途中に何度も「敬人にはいわないでよ」とか「俺の想像だけど」とかいったのを憶えている。
話を聞き終えた紙原は「なるほど」と頷いた。「でも」といって迷うように黙ってしまったので「なに」と促すも、「こっちはこっちで、怪しいっていうか」と歯切れが悪かった。焦れったくなって「なによ」と笑うと、紙原は「鴇田」と小さくいった。
衝撃と、本当に聞き取りづらかったのとで「え?」と間の抜けた声を出した。「いや、だから……鴇田が」と紙原はいった。「ぽいんだけど」と。
強すぎる衝撃というのは、本当に息を乱すものらしい。吸っているのか吐いているのかわからなくなりかけた。「え、いや、それは」と時間を稼ごうとした声が全部震えた。感情のままにしていたら泣いていたと思う。
「いや、そんな嘘じゃん」となんとか笑ったけれど、紙原の表情に変化はなかった。むしろ「いいづらかったんだけど」と申し訳なさそうにされる始末だった。
「お前、一番気にしてたから」
とーちゃんのことが好きだなんていったことはなかったけれど、紙原はずっと知っていたらしい。手が震えている、と気づいたときには、歪んで見える紙原の部屋がまぶたの外へ転がっていった。
この紙原との話で、ある程度の覚悟はできているつもりでいたけれど、やはり祈るように願うように、とーちゃんを信じていた。
多少言葉が大きく感じるけれども、峰野が敬人への復讐を考えていたらどうだろう。敬人は峰野を繊細な人だといった。
大人のような人だともいっていたけれど、峰野は敬人に頼る部分も多かったのではないだろうか。
繊細な心には日常の刺激は強過ぎることもあるだろう。その癒しを、峰野は多少、敬人に求めていたのではないだろうか。
あるとき、敬人がそれに応えられなかった。峰野はそれに深い傷を負い、なんとか敬人の気を引こうとした。
あるいは、そばにいてほしいときにいてくれなかったことに怒って、悪意を持って——つまりは本当の意味での復讐を企てた。
俺はその頃、紙原や稲臣の間で加害者側に鴇田という名前があがっていたことを知らなかったから、紙原にその仮説を話した。まずは「敬人の話、ちょっと怪しい人いるんだけど」と。
「峰野」と繰り返した紙原は驚いたようだった。「なんで」と。けれど紙原は大人だった。あくまで冷静で、俺の言葉に耳を傾けた。
俺は多少ばらばらになりながら仮説を話した。途中に何度も「敬人にはいわないでよ」とか「俺の想像だけど」とかいったのを憶えている。
話を聞き終えた紙原は「なるほど」と頷いた。「でも」といって迷うように黙ってしまったので「なに」と促すも、「こっちはこっちで、怪しいっていうか」と歯切れが悪かった。焦れったくなって「なによ」と笑うと、紙原は「鴇田」と小さくいった。
衝撃と、本当に聞き取りづらかったのとで「え?」と間の抜けた声を出した。「いや、だから……鴇田が」と紙原はいった。「ぽいんだけど」と。
強すぎる衝撃というのは、本当に息を乱すものらしい。吸っているのか吐いているのかわからなくなりかけた。「え、いや、それは」と時間を稼ごうとした声が全部震えた。感情のままにしていたら泣いていたと思う。
「いや、そんな嘘じゃん」となんとか笑ったけれど、紙原の表情に変化はなかった。むしろ「いいづらかったんだけど」と申し訳なさそうにされる始末だった。
「お前、一番気にしてたから」
とーちゃんのことが好きだなんていったことはなかったけれど、紙原はずっと知っていたらしい。手が震えている、と気づいたときには、歪んで見える紙原の部屋がまぶたの外へ転がっていった。
この紙原との話で、ある程度の覚悟はできているつもりでいたけれど、やはり祈るように願うように、とーちゃんを信じていた。