気がついたらこの部屋にいた。ほかに誰もいない、ベッド以外になにもない、静かな部屋。許せなかった。目が開いたことが、ベッドの上にいると理解できたことが、許せなかった。

私は敬人を傷つけた。なにを目を開けている。なにをベッドなんて立派なところで寝ている。こんな奴、雨風に曝しておけばいい。

 「拓実」と声がした。母の声だった。

 「なんで」と声を出した。「私なんか」と続けながら、また視界が滲んだ。母の姿が揺れながらこぼれていく。「いちゃいけないのに……」

 母が首を振っているのがなんとか見える。横に振っている。

 「傷つけた、みんな、いい人みんな傷つけた」今度は私が首を振る番だった。「生きてちゃ、だめなのに」

 左手に温かいものが触れた。

 許してはいけない。敬人を傷つけた。トキを騙した。敬人を苦しめた。私はこのまま、どこか遠くへ行かなくてはいけない。二度と、敬人には会ってはいけない。

 ああそうか、と気づく。このまま生きるのは苦痛だ。敬人を傷つけたという事実を、生きて生きて悔いるのだ。

最期の最期まで悔いて、償うこともできないまま、そのことをまた悔いて、そういう最期が私にはふさわしい。

 私は少し左手を動かした。「もう、大丈夫」と母に告げる。救いの手など、受け取ってはいけない。人の優しさになど、触れてはならない。

孤独の中で、悔いて悔いて、それがなにも生まないことに絶望し、尚も生きていく。私は私を、最期まで許さない。

 そのためにも、この優しい場所を離れなくてはならない。ここは心身の苦痛をやわらげる場所だ。私のようなしぶとく図々しく生き続ける咎人がいていい場所ではない。ほかに苦しんでいる人がいる。

私のために失われていいものなどありはしない。このベッドが救う命がある。それは私のものではない。私の絶望に、犠牲があってはならない。