昇降口前の柱の横で傘を振っていると、「尊藤か?」と声をかけられた。振り返ると同じクラスの松前という男子がいた。丸くて大きい、優しい雰囲気の目が印象的な人だ。

 「おはよう」と答えてみると、「お前、まじか?」と彼はいう。

 胃の辺りがきゅっとなる。またなにかあったのか。「なにが?」と聞き返すのに時間がかかった。

 「いや、その……」と彼は目を泳がせる。やがて俺と目を合わせると「峰野の件だよ」と小さくいう。

 やってみた作り笑いが引き攣っているのがわかる。諦めて引っ込める。

 「なんのこと?」

 「……峰野が自殺したって話だ」

 ずきん、と体の芯が震えた。立っている地面がなくなったようにさえ感じた。頭がふらふらする。峰野という名前に結びつけられた言葉が、頭の中でばらばらになる。耳鳴りのような雨音が騒々しい。

 担任は怪我をしたといっていたではないかと冷静になれるような記憶を引っ張り出してくるけれど、新しい情報が入ったのかもしれない。

俺とは少し遠いところだけれど、大勢と連絡を取り合う方法なんていくらでもある。その中の一人や何人かがその新しい情報を聞きつけたのかもしれない。俺との問題が原因って、そういうことか。

 「峰野っ、峰野さんが……?」声の震えはどうしようもなかった。彼女を拓実と呼ばないだけの意識が残っていたことに自ら感心する。

 「知らないのか」

 「……な、亡くなったの?」

 「わからない。でも病院に運ばれたって話だよ」

 「……誰が?」

 「鴇田とか、あいつと仲のいい女子たちだよ。なにかと思えば、直前にお前となんかあったらしいって」

 いうだけいうと松前はふっと笑った。「でもその調子じゃ、関係なさそうだな」と。「それが演技なら俳優になるのがいい」

 「……俺は、なにも知らない。なにもしてない。……峰野さんとはなにも話してない」

 「うん、わかったよ」

 「し、信じて……」

 「わかったって」と彼は笑う。「もしそれが演技だってんなら、気持ちよく騙されてやるよ。最後まで」

 泣きそうになった。拓実の身になにが起こったのかがわからないというのもある。拓実に会いたいというのもある。

ただやはり、目の前に自分を信じてくれる人がいるというのが一番だった。嬉しかった。初めてきちんとした会話をしたような人が、信じてくれる。

 「峰野さんについて、なにか知ってることは……?」

 「いや、俺はなにも。なんか尊藤とすごいことになってるらしいとだけ」

 「そう……」

 傘を置いて、廊下に上履きを放る。乾いた音が薄暗い中に響く。