毅梨は、とうとう我慢できなくなったように「内田」と低く声を上げた。

 椅子に腰かけて煙草を吹かせていた捜査員が「十分前にも言ってたよな」という顔を二人の捜査員に向ける中、内田が「ぅあ?」と無気力な返答をする。しかし、キーボードを叩く指と画面の文字を追う事を止めない。

「内田」

 もう一度毅梨が言ったとき、内田の胸ポケットから陽気なアニメソングが流れた。それを聞いた他の捜査員たちが、ふっと顔を上げる。

「また着メロ変わったな。午前中はロボットアニメだった」
「なんだ、あいつ美少女戦士にはまってんのか?」
「昼間にインターネットで見掛けたってのは聞いたから、その影響じゃね?」

 そう男たちが呑気に話す中、長い付き合いの毅梨がカッと目を剥いて「お前は人を馬鹿にしとんのか!」と怒鳴るのも構わず、内田は桃色の携帯電話を取り出して「はぁい、俺っすよ」と電話に出た。

「内田さんに電話って、珍しいですね」
「新しい彼女とかかなぁ」
「馬鹿野郎、あいつに女が出来るんだったら、俺はとうに結婚してるぜ」

 四十手前の未婚捜査員はそう言ったが、毅梨の苛立ちに気付いて息を潜めた。三人の捜査員は、口の中の食べ物を飲み込んでから、視線を揃えて内田へ向ける。

「毎回思うんすけど、毅梨さんのそばで、あの人すげぇ大胆ですよね」

 そう部下たちが呟く声を聞きながら、金島の補佐として常に最前線で活動していた毅梨の眉間に、ぐぅっと深い皺が寄った。怒気を孕んだ怪訝面が「こんなときに電話か」と言いたげに見つめる先で、内田が「ああ」と思い出しように電話相手にこう続ける。

「そうそう、青と赤なんすけど、東京方面でブルードリーム、レッドドリームっていう噂を小耳にして……あ~多分そちらの情報だったかなぁと。はい、そうだと思います」

 なんだ仕事か、と毅梨が落ち着きを取り戻し、同時に三人の捜査員もそう思った直後、内田が室温を一気に下げる言葉を発した。

「金島さん、それなんすけど、俺はどっちかっていうとあの薬――」
「内田ぁ!」

 お前この馬鹿チンがッ、と毅梨が突然ブチ切れたように叫んだ。

 内田はその一際大きな声を聞いて、面倒臭そうに自分の上司を見やり「分かってますって」と投げやりに言って、書類ごと踏んでいる仕事机から足を降ろした。

「そこじゃないわボケがぁ!」

 続ける毅梨の声を完全に聞き流し、内田は声を潜めた。真面目な雰囲気をその垂れた双眼に灯しながら、電話の金島に語る。

「なんか、相当やばそうっすよ。青いやつは、どうやら合成されたMDMAのような覚せい剤らしいんすけど、赤い方は麻薬じゃあないような気がします。どれも螺旋状のマークが入っていて、ほとんど出回っていないレア物みたいっす」
『螺旋? ……他に何か情報はあるか』
「まとめたもんがありますけど、ちょっと待ってもらえます?」

 内田は、そこで机からポッキーを一つ取って口にした。