荷物を拾い集めていた里久が、手を止めた。ゆっくりと首を持ち上げて、ぼんやりとした表情の抜け落ちた顔をこちらへ向ける。
じっと目を合わせていると、その手から力が抜けて、せっかく入れた荷物ごと鞄が地面に滑り落ちた。午後十時を過ぎて大半の店がしまっており、まだ開いている飲食店やショッピングセンターに出入りする客の音も少ないせいか、裏通りには雪弥と里久以外の人間はいなくて、鞄が落ちる音がやけに響いた。
「いいよ」
しばらく見つめ合った後、里久が不意に微笑んでそう言った。「特別だからあげるって言われたんだ」と答える口調は幼い。
里久は硬い生地のズボンポケットに手を差し入れ、小袋に入った赤い錠剤を持って見せた。そこには十数粒の真っ赤な、とても小さな丸薬が沢山入っていて、外見はまるで麻薬でも覚せい剤でもない、もしかしたら菓子かインテリアの飾りの材料の一つとでも言われたら、そう見間違えてしまいそうなほどのモノであった。
雪弥は瞳孔を開かせ、暗闇でもハッキリ物が見える眼でもって、里久が掲げているその薬を凝視した。瞳孔が更に収縮し、黒いフィルター越しに青い光を描く。
それは完全な球体で、米粒より一回り大きいというだけであるにも拘わらず、それにも丁寧に螺旋マークが刻まれているのが見えた。
そのとき、薬をぼんやりと見つめていた里久が動いた。彼は無造作に、薬を数粒袋から取り出すと、掌に乗せて至近距離から眺めた。
「なんだか、とてもいい色だなぁ。見ていると、なんでだろう、今すぐに飲まなくちゃいけない気がするんだ」
「里久さん、その薬を飲んじゃ駄目だッ」
猛烈に嫌な感じがした。叫んだ言葉も間に合わず、里久が掌に置いていた複数の丸薬を一気に口に放り込んだのが見えて、雪弥は咄嗟に、何故だか本能的や経験的な直感から、その赤い薬をすぐに吐かせようと彼と距離を詰めた。
その瞬間、素早く伸びた里久の手によって弾き返された。
手だけで素早く振り払うような動作だとは、到底思えないほどの重々しい衝撃が放たれて、雪弥の身体を襲った。
雪弥は反射的に、携帯電話を持っていない左腕で身をかばっていた。里久によって腕一つで弾き返されたその身体が、地面に足をついたまま二メートル滑り込み、彼が履いているスポーツシューズの底が削れて、ひどく熱を持ったまま停止する。
強い衝撃でも耐える腕が、まるで走行する車体を止めた時くらいの威力を受け止めて僅かに痺れるような感覚に、雪弥は苦々しい表情を浮かべて里久へと視線を戻した。
『おいッ、どうした雪弥!』
「……あなたがいっていた赤い薬、なんだかとんでもない代物みたいですよ」
見つめる先では、俯いたままの里久の身体が、項垂れたまま不自然に大きく揺れ始めていた。よろめいて電柱まで後退したかと思うと、そこに背中をあずけて、立っているのもようやくという様子で頭をふらふらとさせる。
雪弥は身構えながら、携帯電話を右耳に当てた。
「青い薬を飲んだ直後だった学園の大学生が、今、僕の目の前で赤い薬を飲みました」
『赤い薬だと?』
「ええ、今東京で起こっている異例の薬物事件、確か『身体が強化された被害者』にうちのエージェントも遭遇して苦労したって言っていましたよね? 僕の方は、それよりも貴重な記録を収められそうですよ。カメラに切り替えますんで、連絡は後ほど」
じっと目を合わせていると、その手から力が抜けて、せっかく入れた荷物ごと鞄が地面に滑り落ちた。午後十時を過ぎて大半の店がしまっており、まだ開いている飲食店やショッピングセンターに出入りする客の音も少ないせいか、裏通りには雪弥と里久以外の人間はいなくて、鞄が落ちる音がやけに響いた。
「いいよ」
しばらく見つめ合った後、里久が不意に微笑んでそう言った。「特別だからあげるって言われたんだ」と答える口調は幼い。
里久は硬い生地のズボンポケットに手を差し入れ、小袋に入った赤い錠剤を持って見せた。そこには十数粒の真っ赤な、とても小さな丸薬が沢山入っていて、外見はまるで麻薬でも覚せい剤でもない、もしかしたら菓子かインテリアの飾りの材料の一つとでも言われたら、そう見間違えてしまいそうなほどのモノであった。
雪弥は瞳孔を開かせ、暗闇でもハッキリ物が見える眼でもって、里久が掲げているその薬を凝視した。瞳孔が更に収縮し、黒いフィルター越しに青い光を描く。
それは完全な球体で、米粒より一回り大きいというだけであるにも拘わらず、それにも丁寧に螺旋マークが刻まれているのが見えた。
そのとき、薬をぼんやりと見つめていた里久が動いた。彼は無造作に、薬を数粒袋から取り出すと、掌に乗せて至近距離から眺めた。
「なんだか、とてもいい色だなぁ。見ていると、なんでだろう、今すぐに飲まなくちゃいけない気がするんだ」
「里久さん、その薬を飲んじゃ駄目だッ」
猛烈に嫌な感じがした。叫んだ言葉も間に合わず、里久が掌に置いていた複数の丸薬を一気に口に放り込んだのが見えて、雪弥は咄嗟に、何故だか本能的や経験的な直感から、その赤い薬をすぐに吐かせようと彼と距離を詰めた。
その瞬間、素早く伸びた里久の手によって弾き返された。
手だけで素早く振り払うような動作だとは、到底思えないほどの重々しい衝撃が放たれて、雪弥の身体を襲った。
雪弥は反射的に、携帯電話を持っていない左腕で身をかばっていた。里久によって腕一つで弾き返されたその身体が、地面に足をついたまま二メートル滑り込み、彼が履いているスポーツシューズの底が削れて、ひどく熱を持ったまま停止する。
強い衝撃でも耐える腕が、まるで走行する車体を止めた時くらいの威力を受け止めて僅かに痺れるような感覚に、雪弥は苦々しい表情を浮かべて里久へと視線を戻した。
『おいッ、どうした雪弥!』
「……あなたがいっていた赤い薬、なんだかとんでもない代物みたいですよ」
見つめる先では、俯いたままの里久の身体が、項垂れたまま不自然に大きく揺れ始めていた。よろめいて電柱まで後退したかと思うと、そこに背中をあずけて、立っているのもようやくという様子で頭をふらふらとさせる。
雪弥は身構えながら、携帯電話を右耳に当てた。
「青い薬を飲んだ直後だった学園の大学生が、今、僕の目の前で赤い薬を飲みました」
『赤い薬だと?』
「ええ、今東京で起こっている異例の薬物事件、確か『身体が強化された被害者』にうちのエージェントも遭遇して苦労したって言っていましたよね? 僕の方は、それよりも貴重な記録を収められそうですよ。カメラに切り替えますんで、連絡は後ほど」