雪弥はそれを目に留めてすぐ、合成麻薬MDMAを思い起こした。手軽に口内摂取出来るタイプの物で、子供が誤って飲んでしまうほどラムネ菓子によく似た商品である。

 プラスチック容器に入っていた青い錠剤は、雪弥も初めて見るタイプのモノで更に小さく、つるりとした飲み込みやすい形状をしていた。彫られた螺旋マークが特徴的で、覚せい剤か麻薬であるのかは一見しただけでは判断がつかない。

 服用してほっと一息ついた里久が、落ちついた面持ちで、どこか茫然とした様子でこちらを振り返った。かなりの即効性があるように作られた薬なのか、目が合うと、先程の焦りを一切感じさせない様子で、遠くを見つめるような目で穏やかに笑む。

「里久さん、それ」

 雪弥がそう言い掛けたとき、それよりも早く里久が口を開いた。

「すごく頭がすっきりする薬なんだ。ブルードリームっていう、勉強とか精神に良く作用するお薬なんだよ」
「……そう、なんだ…………誰にもらったのか、訊いてもいいかな」
「欲しいの? なら、俺が持っているこいつをあげるよ。俺、親切な人に別の物をもらったんだ」

 夢見心地に里久は言い、ふらりと立ち上がると、雪弥にプラスチックの小さな容器を渡した。容器の中に数粒残ったその合成薬物を「ブルードリーム」と呼んだ彼は、思い出し笑いするように唇を歪ませて、電柱に背を預けた。

「上の人間は、俺たちのような人間を助けるべきだろう? 勉強もバイトも親の説教も、苦しくて仕方がなかった俺に、夢の一時を与えてくれたんだ。親切な大人はまだいて、俺を特別に頑張った子だって褒めてプレゼントをしてくれた。全部なかったことにしてくれる、生まれ変わるための赤い夢を、俺はもらったんだ」

 里久はきちんと言葉を発せてはいたが、話の内容や説明は明確ではなく、どこか噛み合っていなかった。

「青い薬の他に、君は『赤い薬』を誰か別の大人にもらったわけだね? そして、君は赤い方の薬を持っている、という事で間違いない?」

 確かめるように雪弥は尋ねた。里久は数秒を要して「うん」と頷いた。電柱から背中を離すと、鞄を手に取って「あ~あ、こんなに散らかって」と散らばった私物をそこに戻し入れ始める。

 彼が服用した薬は効能が強いものではないのか、それとも、切れた薬が回った事で禁断症状や精神面が落ち着いたのか、丁寧にゆっくりと拾い集めるその足取りは、先程よりしっかりとしていた。

「それ、あげるよ。試してごらん。僕は今日は赤い方で夢を見て、明日また、青い方をもらいに行くから平気だよ。気に入ったのなら多めに買っておいてあげるね」

 その静かな声色を聞きながら、雪弥は青い薬をポケットにしまい、まるで警戒して毛を逆立てる猫のように神経を研ぎ澄ませた。

 薬を飲んだ今の里久に対して、なぜだか無性に背中がぞわぞわとして落ちつかなかった。本能的に嫌な予感を覚え、無意識に強く警戒してしまう。

「里久さん、その赤い薬を見せてくれないかな」