『お前、名は付けたか』
「あ、絶対偵察機で見てましたね」
『いや、見とらん見とらん。リザが保証するぞ』

 不意に電話の相手が秘書のリザに変わり、『はい、見ておりませんわ』と涼しげに答える。

「…………で、なんで突然電話してきたんですか」
『いや、飼うのは初めてだろう。うむ、お前が飼いたいと言い出すのも珍しい、いや、貴重だ。で、名前は何とした?』
「ああ、ちゃんと決めましたよ。白豆です」

 自慢げに答えた雪弥だったが、受話器から声もなく吹きだす音が聞こえて、片眉を引き攣らせた。

「……ちょっと、めちゃくちゃ笑ってません? 馬鹿にしてます?」
『いや、いや、そんなことは微塵たりとも――』
「僕だってペットの名前ぐらいつけられますよ」

 自分のものにするのなら名前を付けろ、と言われると納得してしまうし、愛着ある人形がペットであると言われても違和感を覚えない。

 雪弥はそう断言したところで、不意に、くぐもった声を聞いて立ち止まった。尖るような彼の気配を感じ取ったのか、ナンバー1が笑いを途切らせて『どうした』と緊張した声で低く問う。

 パチンコ店の裏手にある電柱に、寄りかかってうずくまる人影があった。雪弥はそれが、先程出会った里久という青年であることに気付いた。彼はこちらにに背中を向けてうずくまったまま、鞄をひっくり返して、地面に転がった私物を必死に漁っている。

「……里久さん?」

 雪弥は、携帯電話の電源を切らず離した状態で、そう里久に声を掛けた。まさかと思った彼の脳裏には、すでに嫌な予感が形作られていた。

 ぴくりと反応した里久が、細い背中を過剰に震わせてこちらを振り返った。開いた瞳孔は、たった一人の人間を見つめるのもようやくといった様子で、冷静さもなく揺れている。

「こ、こんばんは、雪弥くん」

 さっきぶりだね、ははは……と里久は親しげに言ったが、その声は苦しげだ。

 ナンバー1が電話越しに『どうした』声を掛けてきたが、雪弥は苦み潰すような笑みで里久へと歩み寄る。

「里久さん、一体何をしているんですか……?」

 里久は一瞬、躊躇うような表情を浮かべたが、ハッとしたように笑みを張りつかせた。すぐそばまで歩み寄った雪弥に、「ねぇ、雪弥くん」と撫でるような声で話し掛ける。

「勉強でさ、覚えられない事とかあるだろう? 俺、いい物知ってるんだ」
「いい物、ですか……」
『おい、雪弥。まさか、そこに現物を持った使用者がいるのか――』

 雪弥は電話には応えず、それを認識すらしていない里久から隠すように背中に回して、地面に散乱した彼の私物を見下ろした。

 ペン、メモ帳、英単語帳、携帯電話、財布、ポケットティッシュ、電子辞書、折り曲げられたレシート――そして、里久がようやく見つけたように、素早く手を突き出してある物を掴んだ。

 それは、プラスチックの小さな入れ物だった。中には螺旋マークが描かれた青い小さな錠剤が入っており、里久はその容器を乱暴に開けて中身を取り出したかと思うと、水も無しに口に放り込んで喉仏を上下させた。