雪弥は、五分とかからない話の間、耳と神経を理香たちのほうに研ぎ澄ませていた。里久の言葉はほとんど入って来なかったが、「ま、こんな感じ。分かったかな」と里久が話を締めくくったとき、「以外に簡単なんだってことがよく分かったよ」と自然な相槌を返した。

「まっ、一番簡単かもな。商品によるけどよ」
「そろそろ行こう、健。俺は構わないけど、お前はこれから店の仕込みを手伝うんだろ?」

 里久が思い出したように腕時計を見て、「そういえば帰る話をしていたところだったもんな」と付き合ってくれた友人を気遣うような気配を滲ませた。それを見た鴨津原が、途端に笑って「そうだった、今日はお前の気晴らしに付き合ってたんだっけ」と言った。

 互いにタイプは違っていたが、とても良い関係を築いているらしい。雪弥はそれを少し微笑ましく思って、彼らが「じゃあな、頑張れよ」「頑張ってね」と言い残して去っていくのを、手を振り返して見送った。

 それにしても、突然だったなぁ。

 雪弥は大学生二人組を思いながら、さて奥にいた理香と男はどうなっただろうか、と意識をそちらへ戻した。すると、レースゲームに座っていた男が立ち上がり、腕に理香をはべらせて、こちらへ向かって歩き出すのが見えた。

 客の一人を装ってゲーム機に小銭を入れる雪弥の横を、男と理香が通り過ぎた。クレーンゲーム後方にあるシューティングゲーム機へお金を入れ始める様子を、背中越しに神経を集中させて窺いながら、雪弥はクレーンゲームのボタンを押した。

 クレーン型の機器が動き出したとき、ふと理香たちに駆け寄る人影があった。ちらりとそこへ視線を向けて、白鴎学園高等部の制服を着た一人の男子学生だというのを確認してから、すぐに目を戻して最後の操作ボタンを押す。


 三人の人間を薄く映しだしたガラス越しに、クレーンが人形へ向かってゆっくり落下を始める中、その少年に気付いた理香がすぐに黄色い声を上げた。


「えへへ、常盤(ときわ)先輩じゃないですかぁ」

 理香は二年生である。つまりやってきた少年は、高等部の三年生であるらしい。

 そう把握する雪弥の正面で、ガラスの中のクレーンが、小さな人形を一つ掴んでゆっくりと持ち上げる。

「おう、どうした常盤。(ブツ)が切れたのか?」
「シマさん、声が大きいですよッ」

 常盤と呼ばれた少年が、周りの目を気にしたように焦った声色で男を制した。雪弥が操作したゲーム機では、テルテル坊主に小さな手足をつけたような白い人形が、クレーンで移動を続けている。

 誰もがゲームに夢中らしいと確認した常盤が、一転したように自信の窺える顔で「映画館の方にいなかったから、どこに行ったんだろうって捜しちゃったよ」と、男と自分はタメ口で話せる信頼関係である、と言わんばかりの口調で話し始めた。

「大学の方は順調だけど、こっちは全然駄目だね。声を掛けようにも、そんな連中なんて一人もいやしないし、二年生くらいにいないかなと思って回ってはみたけど、そういうのには興味がなさそうで」

 すると、男の方がゲームを理香に任せて、彼へと身体を向けた。