白鴎学園にある中庭を廊下の端からちらりと眺め、雪弥は暁也と修一が矢部に連行されるのを見送ったあと帰宅した。

 夜に町への探索を決行することに決め、風呂に入って缶ビールを一本飲んで後そのまま仮眠を取った。九時半に設定した携帯電話のアラームが鳴るまで、ぐっすりと就寝した。

 目覚めた夜の九時半は、窓が開けられたベランダから、今にも雨が降りそうな湿気の匂いが流れ込んできていた。汗が張り付くような心地悪さがある。外へ出ると風はなく、生温かく絡みつくような空気が満ちていた。

 雪弥が寝泊まりしているマンションは、第二住宅街にあった。茉莉海市は町と白鴎学園を置いて、四国山地へと続く北側に高級感ある一軒家が多い第一住宅街。海に近い南側にマンションなどの建物が並ぶ第二住宅街を置き、立て直された一軒家と鉄筋アパートが多く並ぶ第三住宅街が、町と学園に浸透するように散りばめられている。

 第二住宅街を抜けるとコンビニと判子屋を挟んで大通りが始まり、一本道はそのまま第一住宅街へと続く。茉莉海市は開拓地のため平坦であるが、白鴎学園はやや窪地となっている。

 第一住宅街の奥に位置したゆるやかな坂道に建てられた市役所や電力、水道局や公民館は大通りからも拝むことが出来るが、霜や霧がない晴れた日に限定されていた。

 一本道の大通りは、買い物客などで賑わう商業地帯である。建物は三階建ての高さまでとされており、通り中央の交差点にある「茉莉海ショッピングセンター」と看板が取りつけられた総合店が、最も固定客を持っていた。

 茉莉海市唯一のショッピングセンターは、一階に食品館、二階が電化製品、三階に雑貨や衣類用品が販売されていた。同じ広さの敷地を持った店に、パチンコ店とカラオケ店がある。

 居酒屋と飲食店に挟まれた二つの店の向かいには、小さなゲームセンターが置かれていた。大通りには年齢層に応じた衣類店と雑貨店が多く並び、八百屋などが通りの南側一帯を占めるように向かい合わせで続く。


 マンションを出た雪弥は、コンビニを通り過ぎて大通りへと足を踏み入れた。商店街へと進むと、客を呼び込むため自慢の商品を宣伝した声が飛び交っていた。


 九時四十五分を回った歩道は人の流れがゆるやかで、シャッターが降りた商店も目立った。道路には普通乗用車やトラックが行き交い、時々若者が乗った車体の低い軽自動車や、改造されたビックスクーターが響くエンジン音を上げて走り去っていく。

 少ない歩行者の中に溶け込んでいた雪弥は、緑と白のフードパーカーにスポーツウェアという軽装だった。

 少し生地の厚いパーカーは、内側に装着したシルバーのナイフと腰にある拳銃の存在を隠している。顔を隠すように深くかぶった帽子は、本人の証言しだいでは高校生や大学生にも見えなくはない雰囲気をまとうが、雪弥本人は「さすがに未成年に見えるほどの効果はないだろうなぁ」と思っていた。