西田と佐野は、二年生の頃に暁也と同じクラスだった。少人数制のため、クラス関係なく仲が良いことも白鴎学園高等部の特徴だ。

 大半の生徒が暁也の編入についてきた「暴力事件」に恐れを抱いているが、修一のようなタイプの生徒も少なからずはいた。西田は鼻から信じておらず、佐野は「どっちでもいいんじゃね?」という具合だったのである。


 四組が優勢得点で後半戦が始まり、試合は白熱のまま続いた。「そばパンを守れぇ!」という三組の怒号に、修一と暁也が声を揃えて「やらねぇよ!」と答えるのは決まり文句になっていた。

 必死に動き回る四組のクラスメイトである佐久間たちが、「二人とも、少しくらい分けてもいいじゃないの……」と小さく指摘する声は、修一と暁也の耳には届かないようだった。


 試合もそろそろ終盤を迎える頃、四組は三組のゴールキーパー円藤に、シュートの嵐を食らわせていた。それを四組のゴールコートから眺めていたのは、雪弥と森重の二人である。

 しばらく動いていない森重は、時々大きな身体を揺らしながらクラスメイトたちの頑張りを見守っていた。雪弥は五度目の欠伸をして、後ろにある校舎の時計を振り返る。

 あと数分もない授業に対して「早く終わらないかなぁ」と内心ぼやく彼を見て、それを表情から読み取った森重が再び「本田君……」と呟いたとき、歓声と怒号交じりの一際大きな声が飛び交った。

「くそッ! 抜かれた!」

 そう悪態を吐き、忌々しげに振り返った暁也の前には、ボールを横取りした西田が得意げな顔をして走り出す姿があった。三組のゴールコート前に集まっていた生徒たちが、ようやく一斉に雪弥と森重のいる方向を振り返る。

「本田君、止めるっす!」

 森重が、試合で初めて緊迫した声を上げた。

 出遅れて駆けて来る生徒たちの目先で、雪弥と森重を真っ直ぐ見つめる西田の顔がにやりと笑む。すぐ後ろから暁也と修一が追うが、グラウンドの中盤を過ぎても中々距離が縮まらない。

 森重は身体を強張らせ、肉付きのよい顔に、初めて敵を睨みつける表情を浮かべた。両足を落として身構え、緊張で渇いた喉を唾で潤す。

「同じサッカー部に負けるかぁ!」

 修一がそう吼え、土埃を上げて全速力で駆けた。西田も見事にボールを運びながら速度を上げる。

 突進する姿勢で彼の後ろを追う暁也は、先程西田にボールを奪われていたので「ぶっ殺す!」と殺意を剥き出しにしていた。土埃に交じって、禍々しい空気が彼の背を覆っている。

「そんなこと言っている場合じゃあないでしょ!」

 状況を一番冷静に捕えていた眼鏡の男子生徒、通称「委員長」の佐久間が遠くなる三人の少年に一喝したところで、はっとしたように雪弥を見た。

「本田君、ボールをシュートさせないで! 修一たちの言い分は置いといても、西田が調子に乗りそうで嫌だから!」
「お前も結構ひどいよな」

 彼に並んだ三組の低温野球少年、佐野が、間髪入れず小さく口を挟んだ。