暁也は夕食を食べるとバイクで外へ出かけ、ほとんど家にはいつかなかった。日付を大きく超えることなく必ず帰ってきたが、毎日のように学校の始業時間が過ぎて家を出るしまつだ。
どうしたものかと悩む金島に対して、妻は「大丈夫、あの子はとても心優しい良い子ですもの」と微笑するばかりだった。けれど暁也の制服は、上着だけは前に通っていた高校のものから変わらなかったのだ。白鴎学園のブレザーは、まだ一度も袋から出されていない。
もしや白鴎学園に来た事を、嫌がっているのかもしれない。
金島はそう思っていたが、暁也が高校三年生になった頃、妻からこんなことを聞かされた。
「あの子、毎日とても楽しそうなんですよ。この前なんか、白鴎学園の制服を眺めて『卒業式だけ着たら変に思われるかな』なんて言ったんです。私可笑しくなってしまって、その前から着るようにしていれば大丈夫ですよって教えました。あの子、しかめっ面で『今は、いい』って言っていましたけど、きっかけが掴めないだけで、本当は着たいのではないかしら」
妻から「もっとよく見てあげて下さい」と言葉を受けてから、金島は必死に仕事の時間を調整し、そこで息子の雰囲気が想像していた物とは違っていることに気付いた。
暁也は相変わらずこちらと話もしてくれなかったが、高校三年生になっていた彼からは、反感と刺々しいばかりだと思っていた荒々しさを全く感じなかった。思えば茉莉海市にきたばかりだった頃は「この土地も学校も嫌いだ」と露骨に主張していたものの、今はまるで好いているかのような印象も受ける。
とはいえ、暁也の後ろについてまわる「校内で暴力を起こした不良」のレッテルは強い。金島は息子を知るためにも、ちらりと見掛けた際は注視するようにし、さりげなく妻から暁也の話を聞き出す事を始めた。
母と朝・夕の食事をとる。外出するときは、必ず行き先と帰宅時刻を連絡する。部屋はいつも綺麗に整頓されており、男手が必要な際は「俺がやるよ」と言って進んで手伝う……
それが暁也の毎日のサイクルだった。妻は、それを誇らしそうに語った。
「本当はね、私、あなたがいなくてとても寂しいんですよ。昼間は友人を呼んで楽しい時間を過ごせても、やっぱり大きな家で一人きりの夜は怖くて……でも、そういうときは必ず暁也がそばにいてくれるんです。あの子、外に出て行かないんですよ。いつもあなたが座っているリビングのソファに腰かけて、テレビを見るんです。『今日はバイクを走らせないの』と訊いたら、『母さんの知らない友達(だち)から、見てってメール来たから。結構面白いし』って全然つまらなそうな顔で」
本当、不器用なところはあなたにそっくりよねぇ、と金島の妻は口元に手をあてて笑った。芽生えた違和感と交錯する情報に、金島は笑うことが出来なかった。
「金島君。光に影が出来るように、この国にも影の機関が存在するのだよ」
まさかこんな事になるとは思っていなかったその夜。いつかの上司がそう忠告した言葉を、金島は県警察本部の書斎椅子に腰かけながら、今更のように思い出していた。
どうしたものかと悩む金島に対して、妻は「大丈夫、あの子はとても心優しい良い子ですもの」と微笑するばかりだった。けれど暁也の制服は、上着だけは前に通っていた高校のものから変わらなかったのだ。白鴎学園のブレザーは、まだ一度も袋から出されていない。
もしや白鴎学園に来た事を、嫌がっているのかもしれない。
金島はそう思っていたが、暁也が高校三年生になった頃、妻からこんなことを聞かされた。
「あの子、毎日とても楽しそうなんですよ。この前なんか、白鴎学園の制服を眺めて『卒業式だけ着たら変に思われるかな』なんて言ったんです。私可笑しくなってしまって、その前から着るようにしていれば大丈夫ですよって教えました。あの子、しかめっ面で『今は、いい』って言っていましたけど、きっかけが掴めないだけで、本当は着たいのではないかしら」
妻から「もっとよく見てあげて下さい」と言葉を受けてから、金島は必死に仕事の時間を調整し、そこで息子の雰囲気が想像していた物とは違っていることに気付いた。
暁也は相変わらずこちらと話もしてくれなかったが、高校三年生になっていた彼からは、反感と刺々しいばかりだと思っていた荒々しさを全く感じなかった。思えば茉莉海市にきたばかりだった頃は「この土地も学校も嫌いだ」と露骨に主張していたものの、今はまるで好いているかのような印象も受ける。
とはいえ、暁也の後ろについてまわる「校内で暴力を起こした不良」のレッテルは強い。金島は息子を知るためにも、ちらりと見掛けた際は注視するようにし、さりげなく妻から暁也の話を聞き出す事を始めた。
母と朝・夕の食事をとる。外出するときは、必ず行き先と帰宅時刻を連絡する。部屋はいつも綺麗に整頓されており、男手が必要な際は「俺がやるよ」と言って進んで手伝う……
それが暁也の毎日のサイクルだった。妻は、それを誇らしそうに語った。
「本当はね、私、あなたがいなくてとても寂しいんですよ。昼間は友人を呼んで楽しい時間を過ごせても、やっぱり大きな家で一人きりの夜は怖くて……でも、そういうときは必ず暁也がそばにいてくれるんです。あの子、外に出て行かないんですよ。いつもあなたが座っているリビングのソファに腰かけて、テレビを見るんです。『今日はバイクを走らせないの』と訊いたら、『母さんの知らない友達(だち)から、見てってメール来たから。結構面白いし』って全然つまらなそうな顔で」
本当、不器用なところはあなたにそっくりよねぇ、と金島の妻は口元に手をあてて笑った。芽生えた違和感と交錯する情報に、金島は笑うことが出来なかった。
「金島君。光に影が出来るように、この国にも影の機関が存在するのだよ」
まさかこんな事になるとは思っていなかったその夜。いつかの上司がそう忠告した言葉を、金島は県警察本部の書斎椅子に腰かけながら、今更のように思い出していた。