『純粋なヘロインがあった加工もされて、覚せい剤もさばかれているのですか…………確か覚せい剤は、これまでにない症状を引き起こさせているとか?』
「どんなものかは、これから確認するのでまだ判断材料も少ないですね」
『そうですね、まずは物を調べた方がいいでしょう。相手側の意図を知る手掛かりにもなると思います。茉莉海市やその一帯で薬物検挙者は上がっておりませんが、外から業者が介入している場所は限られますので調べ易いかと……』

 思案するように声がかすれて、金島の言葉が曖昧に途切れる。

 雪弥は風呂に入ることを考えながら、そろそろ会話を切り上げようと思って言葉を発した。

「東京で起こっている麻薬事件はうちの上司が動いているので、たぶん請求したら資料送ってくれると思います。今回の学園の件と関連があるらしいですから。――それから、捜査に邪魔になるので、巡回している警察官の行動はしばらく制限してくださいね」

 ではこれで、と会話を終了させかけた雪弥に、金島が『あの』と慌てたように言った。

「ん? 何? 他に何かあります?」
『違うんです、その、一人息子が白鷗学園に通っておりまして』

 身内のことを考えて怯えていたのか。

 そう安易に納得しかけた時、雪弥は金島の名字を持つ人間が誰であったか気付いた。思い返せば、クラスメイトの暁也の名字は金島であり、彼の父親が県警察本部長である事を学校で聞いていたのだった、という事を思い出して唖然とした。

「そうか、あなたが暁也の……」

 世間ってどこで繋がるか分かないな、と思ってつい呟いた。『暁也を知っているんですか?』と尋ねられ、曖昧に「うん」と肯く。

「クラスメイトなんで」

 雪弥が答えると同時に、電話越しでガタンッと物音がした。金島が大きく息を呑み、ハッとした様子で慌ただしく言葉を並べる。

『息子はとんだ問題児でして、ご迷惑を掛けているのなら何とぞ――』
「暁也は、友だち想いの良い子ですよ」

 不思議に思ってそう口にした。迷いのない言葉に、金島が不意を突かれたように口をつぐむ。

 雪弥の脳裏には、受験に悩んでいる学生のふりをしたら、仏頂面で諦めるなと励まされた一件が浮かんでいた。修一と話していた暁也の様子を思い返してみると、やはり普通の高校生であると改めて思う。

 強気そうな眼差しからは喧嘩っ早さを覚えるものの、理由もなく突然暴れたり迷惑を掛けたりするというイメージは湧かなかった。以前の学校で問題を起こしたらしい、とトイレ休憩の際に小耳には挟んだものの、本当の事なのだろうかと信憑性を覚えないでいる。

 金島がようやく唇を開いたのは、雪弥が夜空に流れた星へと興味を移した頃だった。

『…………そうですか、良い子、ですか……』

 囁いた金島は、自身に言い聞かせ噛みしめるようだった。雪弥は、夜空にもう一つ流れ星が落ちないかと顔を向けたまま「良い子ですよ」と思ったままの言葉で相槌を打った。

 しばらく間を置いて、金島が最後の言葉を述べた。

『……学園は、あの子たちはこれから――』
「僕がなんとかします」

 雪弥は、そう断言して電話を切った。

 彼が眺める夜空で、もう一度淡く光り輝く星は現れなかった。