一言で意見を切り捨て、ナンバー1が興味もなさそうに鼻を鳴らした。
くそっ、と声もなく悪態をついた雪弥は、舌打ちをする仕草で顔を歪める。話しを円滑に進めるためには黙っている方が利口だと自分に言い聞かせるが、唇を引き結んでいないと反論しそうだったので沈黙した。
『高知県警本部長の名は金島一郎だ。すぐに電話させる』
「……了解」
雪弥は、ややあって答えると電話を切った。癖で胸ポケットに携帯電話を入れかけて苦笑する。学生服のシャツにそれがついていないことに気付いたとき、彼は携帯電話を手に持ったままふと顔を顰めた。
「あれ? 金島……?」
最近どっかで見聞きしたような…………
白鷗学園辺りだったと思うが、誰の名字だったかうまく思い出せなかった。「確か事前の資料と、クラス名簿でも見かけたような」と記憶を辿りかけた雪弥の手の中で、携帯電話がバイブ音を上げて震えた。
思い出し掛けた事柄がぷっつりと途切れたが、「まぁいいや」と雪弥は楽観視して携帯電話の通話をオンにして耳に当てた。相手の応答を待ちながら、意味もなく指先を遊ばせる。
唾を呑むような間を置いたあと、相手が息を吸い込んで言葉を切り出した。
『ナンバー4、ですか。……高知県警察本部長の金島一郎と申します』
野太く低い声を、どこか意識的に和らげよようとするような様子で、受話器越しに言葉が響いた。丁寧さを装った台詞だったが、ひどくゆったりとした口調としぼられた声量の奥には竦むような戸惑いを感じた。
特殊機関の名に委縮する者は多いのだ。雪弥は、慣れたように話し掛けた。
「はじめまして、ミスター金島。ナンバー4です。僕のことは好きなようにお呼びください」
『いえ、恐れ多くもそんな…………』
曖昧に語尾が濁り、金島の言葉が途切れた。雪弥は肩をすくめると、「やれやれ」と内心ぼやきながら続けた。
「僕が茉莉海市の白鷗学園に潜入していることは、ご存知ですよね?」
『はい、一の番号を持ったお方から伺っております』
「よろしい。我々は全面協力を求めています。僕が既に白鴎学園に入っている事は、もうご存じですよね?」
『白鴎学園にいる事も、先程、知らされました……』
震えた野太い声が答え、ゴクリと生唾を呑んだ後、それ以上には続かなかった。
金島はきちんと受け答えする場面も見られ、これまでに関わった人間の中で比較すると、ひどく怯えている方でもない。しかし、所々で極端に震え上がっているような気がした。
特に白鴎学園というキーワードを伝えた際の反応を疑問に思った雪弥は、ふと、自分の噂をどこかで聞いたのではないか、というついでのような推測も立ててしまった。勝手な噂に翻弄されて、仕事のやりとりが上手くいかないのを時々鬱陶しく感じる事があった。そういう時は、心の中に少しだけ冷たいものが満ちる。
自分は、そこまで怯え恐れられるようなエージェントではない。気付いたらナンバー4の地位にいた。仕事を忠実にこなして遂行しているだけで、命の重さを軽んじているわけでもなく、守るべき大切なものだと知って――
ぐらり、と脳が揺れた気がした。
どうしてか考えたくなくて、雪弥は今必要のない個人的な思案を振り払うように立ち上がり、意味もなくベランダの奥に広がる夜空へと目を向けた。
くそっ、と声もなく悪態をついた雪弥は、舌打ちをする仕草で顔を歪める。話しを円滑に進めるためには黙っている方が利口だと自分に言い聞かせるが、唇を引き結んでいないと反論しそうだったので沈黙した。
『高知県警本部長の名は金島一郎だ。すぐに電話させる』
「……了解」
雪弥は、ややあって答えると電話を切った。癖で胸ポケットに携帯電話を入れかけて苦笑する。学生服のシャツにそれがついていないことに気付いたとき、彼は携帯電話を手に持ったままふと顔を顰めた。
「あれ? 金島……?」
最近どっかで見聞きしたような…………
白鷗学園辺りだったと思うが、誰の名字だったかうまく思い出せなかった。「確か事前の資料と、クラス名簿でも見かけたような」と記憶を辿りかけた雪弥の手の中で、携帯電話がバイブ音を上げて震えた。
思い出し掛けた事柄がぷっつりと途切れたが、「まぁいいや」と雪弥は楽観視して携帯電話の通話をオンにして耳に当てた。相手の応答を待ちながら、意味もなく指先を遊ばせる。
唾を呑むような間を置いたあと、相手が息を吸い込んで言葉を切り出した。
『ナンバー4、ですか。……高知県警察本部長の金島一郎と申します』
野太く低い声を、どこか意識的に和らげよようとするような様子で、受話器越しに言葉が響いた。丁寧さを装った台詞だったが、ひどくゆったりとした口調としぼられた声量の奥には竦むような戸惑いを感じた。
特殊機関の名に委縮する者は多いのだ。雪弥は、慣れたように話し掛けた。
「はじめまして、ミスター金島。ナンバー4です。僕のことは好きなようにお呼びください」
『いえ、恐れ多くもそんな…………』
曖昧に語尾が濁り、金島の言葉が途切れた。雪弥は肩をすくめると、「やれやれ」と内心ぼやきながら続けた。
「僕が茉莉海市の白鷗学園に潜入していることは、ご存知ですよね?」
『はい、一の番号を持ったお方から伺っております』
「よろしい。我々は全面協力を求めています。僕が既に白鴎学園に入っている事は、もうご存じですよね?」
『白鴎学園にいる事も、先程、知らされました……』
震えた野太い声が答え、ゴクリと生唾を呑んだ後、それ以上には続かなかった。
金島はきちんと受け答えする場面も見られ、これまでに関わった人間の中で比較すると、ひどく怯えている方でもない。しかし、所々で極端に震え上がっているような気がした。
特に白鴎学園というキーワードを伝えた際の反応を疑問に思った雪弥は、ふと、自分の噂をどこかで聞いたのではないか、というついでのような推測も立ててしまった。勝手な噂に翻弄されて、仕事のやりとりが上手くいかないのを時々鬱陶しく感じる事があった。そういう時は、心の中に少しだけ冷たいものが満ちる。
自分は、そこまで怯え恐れられるようなエージェントではない。気付いたらナンバー4の地位にいた。仕事を忠実にこなして遂行しているだけで、命の重さを軽んじているわけでもなく、守るべき大切なものだと知って――
ぐらり、と脳が揺れた気がした。
どうしてか考えたくなくて、雪弥は今必要のない個人的な思案を振り払うように立ち上がり、意味もなくベランダの奥に広がる夜空へと目を向けた。