午後九時五十分、雪弥は携帯電話のバイブ音で目が覚めた。

 電気も灯っていない室内は薄暗く、ベランダの開けられた窓から三日月の明かりが差しこんでいるばかりだった。

 雪弥は眠りの余韻に浸ったまま、帰宅して早々ナンバー1に連絡を取ったことをぼんやりと思い出した。そのあとの記憶が曖昧で、思い出そうとすると眠気に思考を中断された。

 心地よい眠気を貪るように二、三度寝返りを打ちながら、自分からナンバー1に電話を掛けてある用件を言い渡した後、「ちょっと眠いんで切ります」と一方的に通話を終わらせたことを思い出す。

 渋々といった様子で上体を起こすと、雪弥は制服のブレザーを脱いでベッドに放り投げた。早朝と帰宅直後にしか触れていなかった、持ち慣れた小型で厚みのある自身の携帯電話を手に取る。

 学園に持って行く代理の携帯電話は、ブレザーのポケットに入ったままであった。そちらからナンバー1に掛け直す事も出来たが、操作も不慣れだったのでまだ一度も使用していない。

 携帯電話の着信歴には、「不在」の表示がされたナンバー1の名が載っていた。雪弥はようやくといった様子で立ち上がり電気をつける。

 一瞬にして明るくなった室内から外を覗くと、心地よいほどの深い闇が小さな明かりを埋まらせて広がっていた。夜風は生温く、かいた寝汗にしっとりと絡みつくようだった。

 しばらく、雪弥は部屋の中央からベランダを眺め見た。持っていた携帯電話が静かに震えだしたのを合図に、それを耳に当ててベッドへと歩み寄る。

「はい、もしもし」
『私だ。お前、私の話も聞かずに電話を切りおって――』
「眠かったんです、仕方ないんです」

 やかましそうに片眉を引き上げ、雪弥は棒読みで言葉を並べてベッドに腰を降ろした。低い声が『本当に用件だけすませて電話を切るとは』と忌々しげに愚痴りかけて、ふと口調を和らげる。

『そちらの様子はどうだ』
「至って順調ですよ。あれ? さっきも言わなかったっけ」
『だから、私が話す暇もなくお前が電話を切ったんだ』

 まぁいいだろう、とナンバー1が重々しい息を吐き出した。

『お前のことだから、うまくやっていると思う。ところでお前、さっき高知県警察の本部長と話したいと言っていたな』
「ああ、そうそう。少し話を聞こうと思って」

 答えて、雪弥は大きな欠伸を一つもらした。『眠そうだな』と疑問形式に尋ねる低い声を聞きながら、のんきに背伸びをする。

「う~ん、なんか寝足りない感じ」
『そっちに着いた三日間、しっかり休んだだろう。たっぷり眠ったら三日間戦場を駆けまわれる人間が、任務一日目でというのも珍しいな』
「こっちは、おっさんだってバレやしないかと冷や冷やもんでしてね。非常に疲れるわけですよ。これで僕の寿命が縮んだらどうしてくれるんですか」
『お前ほどの図太い神経の持ち主が、そんな柔なものか』