雪弥は「これから、そうだと思ってもらうようにしていけばいいか」と気楽に考えて二人に向き直った。自分の仕事をこなすためでもあるが、多くの少年少女に溢れて落ち着かない中で息抜き場所の確保も最優先だと考えて、まずはさりげなく言葉を切り出す。

「君たちは、いつもここに来ているの?」
「うん、そう」
「僕も、これからお邪魔してもいいかな」
「大歓迎さ。な、いいだろ? 暁也」

 修一が問い掛けると、オニギリを食べ進めていた暁也が「好きにしろ」と短く言った。

 情報収集も必要だが、怪しまれないことがまずは大切である。すぐに情報収集を始めても怪しまれるだろうし、雪弥は先程の話の流れを思い返して、話しかけ易い修一に声を掛けた。

「受験生だけど、進学の件はまだ決めていないの?」
「うん? 俺? 進学とか全然考えてないなぁ。就職でもしようかなって思ってんだけど……ほら、俺頭悪いし」
「転入して来たばっかで、こいつがそれ、分かるわけねぇだろ」

 当然なことを口にした暁也に、雪弥は「その通りだね」と本心から口にして苦笑いを浮かべた。世代も違う見知らぬ少年ではあったが、なぜだが修一が放っておけず自然と言葉を続ける。

「でも、進学って大切なものだと僕は思うよ。将来なりたいものとかないの?」
「う~ん、特にないんだよなぁ、これが。部活一筋で来たのに突然、将来について考えろって言われてもなぁ…………」

 修一は言葉も見つからない、といった様子に視線を泳がせた。数十秒ほど考えるような仕草をしたが、すぐに考えることを諦めて別の話題を暁也へと振る。

「そういえば、お前はどうすんの? 俺、そういうの聞いたことないんだけど」

 こいつ全部放り投げたな、と暁也は勘ぐった顔をしたが「言ったことなかったからな」と話を合わせた。

「親父は、俺にキャリアの警察になって欲しいみたいだぜ? 東大法学部に行って国家公務員Ⅰ種取って、採用されたあと警察大学校……ちッ、奴がいっつも小言みたいに言うから、すっかり覚えちまったな。考えるだけでも疲れる」
「なんだか、いろいろと難しくてよく分かんねぇけど、すごいのなぁ。お前なら絶対出来そう」

 そう言った修一は、大半の言葉を理解していない。頭上の青空をゆっくりと泳ぐ雲へと視線を逃がした彼の表情は、「あの雲、美味しそうな形しているなぁ」と語っていた。

 警察キャリアは狭き道である。国家公務員Ⅰ種試験合格者の中から毎年数十人しか採用はなく、採用後には小刻みの日程で研修が入る。幹部になる者に対して知識や技能、指導能力や管理能力を修得させるために警察大学校はあり、訓練を受けられるのは、その資格を持った幹部警察官だけとなっている。

 キャリアだと確かに昇任のスピードは速く、警部補から始まって本庁配属約二年で警部になれる。それから四年ほどで警視へと就けるが、その間に各警察署や海外勤務もあり大変だ。実績や功績も残さなければならず、学力や知識だけでなく武術も秀でている方が望ましい。

 暁也は虫けらを見つめるような目を修一に向けていたが、ぐっと堪えて視線をそらした。

「親父が自分の理想を、俺に押し付けようとしてるってだけさ。俺は親父のコピーでも何でもねぇのに、聞いて呆れるぜ」

 暁也は、吐き捨てた勢いに任せてオニギリにがっついた。