目で数えるのをやめて尋ねてみると、修一はクリームパンにかぶりついたまま「当然」と答えた。

 成長期か、なるほど……つい二十四歳目線からの感想が浮かんだ雪弥は、世代間を感じる独白をした自分にダメージを受けた。意識次から次へと若い子との差暴露しそうな予感にかられて、自己判断で思考をとめる。


 しばらくすると、屋上の扉が開いて暁也が姿を現わした。

 彼は乱暴に扉を締めると鍵を掛け、苛立ったような足取りでやって来た。眉間に刻まれた深い皺は、傍から見てもわかるほど彼の気持ちを見事に物語っている。


「やあ。その、さっきぶり……」
「おう」

 雪弥に短く答え返し、暁也は二人の間にどかっと腰を降ろした。「荒れてんなぁ」と修一がクリームパンを頬張りながら述べると、彼は思い出したように険悪な表情で舌打ちした。

「指導教員の樋口(ひぐち)の野郎が、性懲りもなくまた俺を呼び出しやがってよ……つか、矢部の野郎もしつこい!」

 暁也はもう一度舌打ちし、持ってきた缶ジュースを開けた。

 進路調査表すら出していない暁也は、今日も生活態度を含めた事について、三学年の生徒指導を担当している樋口に呼び出されていた。樋口は科学を担当している教師で、病気がちで今にも死にそうな弱々しい口調で説教をする、という変わった男である。

 呼び出しに素直に応じない生徒を、体力もない樋口のもとへと連行するのはいつも矢部の役目だった。彼もまた不健康そうな男なのだが、片足が悪いという事情を上回る教育熱意を秘めているようだ。

「先生たちだって、逃げるから追って来るんだぜ? 素直に話し聞けばいいじゃん。暁也頭いいのに勿体ねぇって。ちゃんと進学する大学決めとけよ」

 お前ならどこでも行けるじゃん、と修一はクリームパンの最後の欠片を口に放り込んだ。そんな彼を横目に見つめる暁也の顔には、怪訝そうな表情が浮かんでいる。

「ふん、お前のことも探してたぜ?」
「俺は矢部先生の話も、樋口先生の話もちゃんと聞いてるぜ? まぁ毎回同じことばっかりだけど。もう少し成績上げないと、どこにも行けないんだってさ」

 他人事のようにあっさり述べた修一は、口元を引き攣らせる暁也にも気付かずにジュースを口にした。雪弥はそんな少年たちのやりとりを聞きながら、口に残ったメロンパンを苺牛乳で流して一息ついた。

 会話が途切れた三人の間に、強い風が吹き抜けた。日差しで熱を持った髪の中が冷えていく心地良さに、雪弥は自然と頭上の空を仰いで目を細めた。

 穏やかな時間の流れをぼんやりと思い、苺牛乳を足の間に置いて両手を後ろにつく。体勢を少し崩しただけなのに、朝から緊張し続けていた身体が休まるのを感じた。

 暁也が修一から梅オニギリを受け取り、ふと怪訝そうな顔を雪弥へと向けた。

「何か話せよ」

 唐突な要求である。雪弥は視線を戻すと、「突然言われてもなぁ」と小さく苦笑した。

 その様子を見ていた修一が、満足そうに腹をさすりながら口を開く。

「無理言うなよ、暁也。雪弥は、内気で人見知りらしいから」
「へぇ、そうかい」

 聞き入れた様子もなく答え、暁也はオニギリを食べ始めた。修一の言葉に一つの信憑性も感じていない顔である。