何故そうなったのか、雪弥自身分からなかった。

 必要最低限の情報を与えたはずだと気を許した午前最後の授業後、彼は突然集まった女子生徒たちに、めまぐるしい質問攻めをされた。血液型、正座、好きな子がいるのか、可愛いと思う女優やモデルは誰か、どんなお菓子が好きなのか……

 思わず空いた口が塞がらないといった他の男子生徒たちの中で、修一が冷静に対応して雪弥をそこから連れ出した。

 授業終了直後、もう一つあった驚きは、暁也がまるで脱兎の如く教室を飛び出していった事だろうか。雪弥は彼の行方を知らなかったが、どこからか朝聞いたぼそぼそ声が「あ~き~や~く~ん~」と無気力に低く響き渡ったのを聞いた。

 なるほど。生徒指導か何かであるらしい。

 そう察して聞こえない振りをしたのは、雪弥以外の少年少女も同じだった。


 修一は雪弥を連れて売店を案内がてら食糧を確保した後、教室から連れ出したさい耳打ちした「ゆっくり出来る最高の場所」へ向かった。


 三年一組の教室前を過ぎた先にある階段は、普段使用されていない。窓も電気もないばかりか、中腹の折れ目から階段は人が二人並んで歩ける幅しかなく、換気の行き届かない湿気臭さが残っている。

 慣れたようにその階段を上がった修一は、「立ち入り禁止」の看板がかかった屋上扉の前で立ち止まった。

 白鴎学園は、高等部も大学校舎も屋上への出入りが禁止されている。まだ比較的新しい校舎とはいえ、ほとんど開閉のされていない扉は、先に二十年ほど時を過ごしたように所々錆かかっている。しかし、修一は掛かっている鍵も「立ち入り禁止」の看板も構わず、ポケットから小さな物を取り出してドアノブへと近づいた。

 まさか、と雪弥が思っているそばから、数秒もかからずにカチっという金属音が上がった。片手に食糧を持ったまま、修一がドアノブに伸ばした手を右へ左へと動かし、数十秒もしないうちに扉の鍵を開けてしまったのである。

「へっへーん、こんなのちょろいぜ」

 修一は扉を押し開けながら、卒業した先輩から教えてもらったのだ、と自慢げに語った。雪弥は呆れて物も言えなかったが、ドアノブごと素手で切り落とす自分よりはマシかと思い直し、大人として注意することもなく屋上へと足を踏み入れた。

「暁也が来るから、鍵は開けたままにしておくぜ」

 こちらへの説明とも、楽しげな独り言ともつかない修一の声を聞いて、雪弥は「はぁ」と間の抜けたような返事をした。

 修一が先に屋上の中央部分で腰を下ろし、売店で買った紙パックのジュースとパンを広げ始めた。授業風景を見て思っていたが、二人は昼食を共にするくらい仲がいいのだろうか、と一人悩む雪弥を脇に、ふと空を見上げて「あの雲、俺が買ったメロンパンみたいじゃね?」と楽しそうに言う。

 白鴎学園高等部の屋上は、外壁や内装の色とは違い、灰色に近い白をしていた。

 高等部正門に対して後方となる西側には、白い壁で造られた大学校舎が見える。こちらからは双校舎の間にある中庭は確認できないが、二メートルの金網フェンスを覗きこめば見下ろすことが出来るだろう。

 雪弥は思っただけで、行動に移すことはしなかった。国立の大学や名門大学に比べると敷地はやや小さい、研究所や分館に似た印象を受ける大学校舎を静かに眺める。