なるほど、どうやら優等生らしく正しく英文を和訳できたらしい。

 雪弥はそれ以上何も言わず、口元に微笑をたたえて意味もなく手の中のシャーペンをもて遊んだ。しばらくそうしていると、二人の少年が「気のせいだったのかな」という顔で目配せをして、正面に向き直っていった。


 その時、重々しいチャイムが鳴り響いた。心臓を震わせる音色に、すべての生徒が魔法にかかったように動きを止める様子に目を向けて、雪弥は回していたシャーペンを止めた。


 ああ、懺悔の鐘か。

 聞いてすぐ、エージェントだった尾崎が設置したのだろうと察した。それは特殊機関本部を含めたすべての支部に定期的に流れる音色であり、罪を犯してはならない、犯した罪を忘れてはいけない。それでいて同じ過ちを繰り返してはならない、という意味があった。

 自分たちに寄越される依頼は、ほぼ処分決定が下ったものがほとんどだ。生きて返さず、命を取る事で任務が終了する。

 皮肉なものだ、といったナンバー1の言葉が雪弥の脳裏に横切った。お前は人が子孫を残す遺伝子レベル同様に、命を奪うこと、殺すという行為を本能的に知っているのかもしれない、と言って彼はらしくないほど悲しげに笑った。

 雪弥は十七歳の頃、彼に「だからこそ、命が消えるという重みを理解し難いのだ」と言われた。なぜかその言葉が鋭く突き刺さったのを、今でもはっきりと覚えている。

 その思い出に引きずられるように、殺すために生きているのだろう、とどこかのエージェントに一方的に非難された出来事が蘇った。サポートにあたっていた同僚たちが嘔吐する中で、サポートリーダーだった男がこう喚いたのだ。


――なぜッ、なぜ必要もなく『標的』共をバラバラにしたんだ! チクショーお前は、血も涙もない化け物だ! 俺はッ、俺は……! 

――お前とだけは一緒に仕事をしたくない!


 怨念のような呪いの声のすぐあと、ナンバー1がよく口にしていた「それでもお前は人間なんだ」という言葉が記憶の向こうから聞こえた気がした。別に気にしていないというのに、どうしてか彼は、そう言われて非難されるたび茶化しもしないで、雪弥が人間である事を勝手に肯定してくる。

 命は大事だ。僕はそれを知っている。

 生きている者は、壊れないように優しく扱わなければいけない。

 脳裏に焼き付いて離れない様々な声を、自分の言葉で塗り潰し、雪弥は授業終了を告げるその音を聞きながら、祈るように目を閉じた。