雪弥は尋ね返したあと、彼が優秀な頭脳を持っている生徒だと思い出した。聞き慣れている者はそれが本格的な現地の英語なのか、日本人形式の英語なのか分かるのである。

 とはいえ、これくらいの英会話能力を持った学生は、探せばいくらでもいた。国際社会とあって、日本人の大半が英語技術を磨こうとしている時代である。「本田幸也」の設定は、国際大学付属高校に通っていたという事になっていたので、そんな生徒が英語を得意としていてもおかしくはない。

「お前の英語、完璧だったからよ」

 憮然とした様子で暁也が述べた。雪弥は「そう?」とすました顔で言って、自然な笑みを作る。

「まぁ、前の学校ではすごく得意だったよ」
「ふうん」

 暁也が片眉を上げて、数秒の間押し黙ったあと、興味もなさそうに前へと向き直った。その会話を耳にしていた生徒たちが、「本田君、英語が得意なんだねぇ」と感心したような声を上げる。

 雪弥はノートを取りながら、あとは微調整で他の教科点を落とすだけだと考えていた。それが終われば、英語だけが得意な進学に悩む生徒像が完成するだろう。


『ここにいるのは、やっぱりつまらない人間ばかりだ』


 英語で語る暁也の声が聞こえて、雪弥は、ふと手を止めると彼を見た。

 修一は暁也が何を言ったのかさっぱり分からず、「突然どうしたよ」と怪訝そうに声を潜める。しかし、暁也は面白くもなさそうに黒板の方を眺めたまま、唇をへの字に曲げて腕を組んでいた。

 暁也の静かな声色は、答えの返ってこない独り言だとして呟かれたものだった。発音は日本人独特のもので、癖がなく聞き取りやすい。

 その独白に至るまでの事情は知らないが、大人である雪弥としては、何やらそれなりに悩みでもあるのだろうか、と感じてしまう。どうしようかと悩んだものの、彼より少し人生経験が長い身として、少しだけ助太刀するつもりで呟きを返す事にした。

 この子は英会話にも心得があるようなので、きっと伝わるだろうと思った。

『詳しい事は知らないけれど、つまらないと思うから、そう見えてしまう事もあるんじゃないかな。――ここは、とてもいいところだと僕は思うよ。何もかも穏やかで、平和だ』

 きちんと頭で和訳出来たかも雪弥には分からなかったが、暁也が少し驚いた顔をしてこちらを振り返った。「だから、突然どうしたよ」と修一は交互に二人を見やるが、答える人間はいない。