高校生って、こんなものなのかなぁ。

 授業風景を後列席で眺めながら、雪弥はしばらく考えて、どうやらそういうものらしいと苦笑した。授業中であっても、この教室では楽しげな会話が溢れていた。時々女教師も黒板に字を綴ることを中断して、生徒たちの話しに入っていく。

 自分が学生だった頃は、勉強とストレス発散、母の見舞いばかりで気付かなかったのだが、思い返してみると似たような光景があったような気もする。考える事が多くて、やるべき事が重なっていて余裕がなかったせいで、今の今まで気付きもせず忘れていたらしい。


 そうか、『普通』ってこんなもんか。


 なんだか居心地が良いな、と雪弥は開いた窓の外へと視線を向けた。ナンバー1がいっていた「仕事の合間に休日を楽しめばいい」の意味が、少し分かったような気がして目を細める。

 耳に女教師が説明を再開した声が入り、生徒たちが緊張した様子もなく静まり返った。外には晴れ空が続き、下には穏やかな気候に包まれた運動場が広がっている。そこには中学生の幼さを残した男子生徒たちがいて、白い体育着で体育の授業を楽しんでいた。

 そういえば、僕が学生の頃って、こんな景色をゆっくりと見る暇もなかったな。

 何もしないまま、ぼんやりと過ごした記憶はあまりない。それを思い出して、雪弥は視線をそっと黒板に戻した。

 英字を書き綴り終わった小柄な女教師が、前列の女子生徒と話をしていた。彼女のお腹には、子供がいるようだ。少し膨らんだ腹部をさする姿に、他の生徒たちの雰囲気も穏やかなものに変わっていくのを感じる。

 そのとき、雪弥は不意に女教師と目があった。小さな丸い瞳が真っ直ぐに彼を見つめて、静かに微笑む。

「はじめまして、本田君」

 雪弥は、聞き慣れない名字に数秒遅れで顔を上げた。

 一瞬だけ「本田って誰だ」と思った直後に、今の自分がそうだったと再確認する彼に構わず、彼女はにっこりとして続ける。

「早速だけど、黒板に書かれている英文を読んでもらいましょうか」

 不意打ちを食らい、雪弥は自分に集まる視線を感じつつ硬直した。思考回路を高速回転させ、自分がどうするべきかを考える。

 学力の伸びに悩む生徒を演じたいが、ここは一つ、進学校に通っていた信憑性を高めたほうがいいだろうとコンマ一秒の内に彼は判断した。女教師に促されながらゆっくりと席を立ち上がり、「英語は得意だが他の科目の伸びに困っている学生像」を脳裏に思い浮かべる。

 数ヵ国語を話す雪弥にとって、黒板に書き綴られた長い英語を読むのは容易い事だった。質問攻めにされた際、国立国際大学付属高校から来たと彼は答えていたのだが、生徒たちの認識は「超難関大学へ続くハイレベルな進学校」から来たと事が大きくなっていた。