エージェントから転職した尾崎という男が建てたこの学園は、教員免許取得率百パーセントという数字を叩き出した当大学をはじめ、目を見張るほどの立派な設備と進学率を誇る高校があった。学生たちに金銭面の支援をするための財団を立ち上げるなど、尾崎の行動は幅広い。

「放課後に、大学生による塾、か…………」

 雪弥は呟いて、缶ビールを半分喉に流し込んだ。それを口から離すとお菓子を開け、つまみながら書類へと視線を戻す。

 東京で起こっている事件は、ヘロインを含む薬物の調合を行っている組織がいるというものだ。調合の仕方が巧妙でこれまで例を見ないタイプのものであり、身体の組織がアンバランスに発達した被害者の写真も載せられている。

 ナンバー1が指揮を執る警視庁がマークしているのは、東京にある大手金融会社だった。榎林財閥の子会社でありながら、大きく成長し続けている企業である。

 皆殺しにされていた麻薬卸し業者の近くに設置されていた防犯カメラが、大型乗用車を運転するその会社の幹部の姿を残していた。同じ車が茉莉海市に入ったのは、卸し業者の死体が発見された後の五月上旬である――と文面には記載されている。

 缶ビールを飲み干したところで、穏やかな風の乗って鳥のさえずりが聞こえてきて、雪弥は窓へと視線を向けた。


 彼の鮮やかな碧眼は、今は見事な黒い瞳になっていた。先日までは、瞳孔周りに本来の色が滲んでしまっていたが、一昨日技術班から支給された新しい黒のコンタクトレンズは、彼の瞳を自然な黒に変えてくれている。

 雪弥は、これまでに一度だって自分の瞳の色を気にした事がなかった。時々光っているみたいに見えるというか……あまり人に見せない方がいい、と深刻そうに言った上位ナンバーエージェントたちに対して、なんの冗談だろうと思って笑った。

 珍しいプルー色なので印象に残りやすく、通常のカラーコンタクトで隠れない特異な色をしているので隠して欲しい……そうやたらナンバー1たちや技術班に頼まれてしまい、ひとまずは指示があった時は黒のカラーコンタクトを入れるようにしている。

 鏡で見慣れた自分の瞳が目立っているなど、雪弥は今でさえ実感がないのでつけ忘れることも多い。返って黒い瞳の自分を鏡で見ると、たまらず違和感を覚えた。


 どうしたものかなぁと呟きながら、雪弥は視線を手元へと戻した。

 大学生の中には、すでに覚せい剤の使用者が出始めている。これはまたヘロインなどの麻薬とは別物だ。同じ場所に二つの薬物が持ちこまれる事は普通はなく、敵側の意図や目的といった推測もあまり立てられない現状であった。

 情報収集しながら待機する事が任務であったが、指示によっては強硬手段に出ることもある。また『完全なる学生として溶け込み内部の情報収集を』という文面で、彼は頭を抱えた。

「それこそ無理だって……」

 まだ東京の現場がいいなぁ、と続けて雪弥は書類を足上に落とした。何気なく辺りを見回し、高校生セットの小道具側に置かれいた白鴎学園のパンフレットを拾い上げる。