普段何気なく使っているバイクや車の有り難さを思いながら、雪弥はベッドから物を下ろした。約七年前着た以来の学生服やその他の荷物に、精神的な疲労を感じてそのままベッドに横になった。

              ※※※

 翌日の土曜日、雪弥は早朝一番に風呂を澄ませると、こっそりと送らせていた缶ビールを冷蔵庫に入れた。

 持ってきた食品は、すべて常温でも大丈夫なものばかりである。空いている戸棚スペースは多くあったものの、短い間世話になる場所でいちいち仕分けする事もなく、彼は非常食やお菓子をまとめて、キッチンの一番下にある大きな引き出しにしまった。

 冷蔵庫には缶ビールのみが並び、結局使用されたのは一つの引き出しと冷蔵庫のみだった。面倒だった雪弥は、他の引き出しや戸棚すら開けないまま飲食の収納を終えた。


 ここまで大雑把なナンバーズ・エージェントは、彼くらいなものである。他のエージェントは短い間の寝泊まり場所とはいえ、冷蔵庫やキッチンには最低限の物をきちんと分け入れている――というより、本来そういった全ての事まで整えてもらうものだ。

 上位ナンバーのエージェントは、下の者に全てやってもらうことが普通だった。しかし、雪弥は前もって準備された部屋を宛がわれた際、「なんかどこに何があるのかも探さなくちゃいけなかったし、次からはダンボールのまま置いといて下さい」といってナンバー1を驚かせたという、異例の上位ナンバーエージェントとしても知られていた。


 雪弥はベッドの脇に腰かけると、残りのダンボール箱を開けた。学園必需品の靴や指定鞄を含めた物をすぐそばにまとめて置き、組み立て式台に機関から送られてきたノートパソコンと盗聴防止機具を設置する。

 小型電源にチャンネル帯の違う三台の無線機をセットして調整をすませ、そのそばに用意されていた武器を、今一度確認しながら並べた。隠しナイフを磨き直したあと、素早く銃をバラして整備しあっという間に組み立てた。

 すべて片付いたところで、雪弥は久々の休日を部屋で満喫するため、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取った。

 今日食べる分の非常食とお菓子を部屋の中央に置き、テーブルがないことに違和感もないまま缶ビールを開けて口にした。ようやくそれに気付いたのは、口からそれを離したときである。

 このままだと、床にビールを置く事になる。

「全く、テーブルもないんだもんなぁ」

 ちゃっかり機材の分だけは用意するくせに、と雪弥は愚痴ったが、それも彼自身が招いた事である。「どうせ寝るくらいしか用がないし、テーブルとか要らなくないですか? というか、僕は男なのに、なんで部屋に化粧台とか設置しているわけ?」という事を、彼がナンバー1とリザに言ったことが原因だった。

 二回目に口元で缶ビールを傾けた後、雪弥は開いた窓から見える空を見やった。生温いではあるが吹き込む風は心地よく、時々清々しいほどの晴天を感じさせる突風が起こってカーテンを打つ。

 さすが最上階だ、と雪弥は感心しながら部屋の中央に腰を下ろした。

 無造作に手に取ったのは、一緒に送られてきた今回の任務に関わる書類である。これから入学する事になるのは、私立白鴎学園高等部だった。この地域ばかりではなく、高知県が誇る進学校ともなっている。