「まぁ、君たちはそれぞれの仕事をすすめたまえ。彼が表十三家や三大大家の動きに敏感なのはもともとだし、今は新しい手駒を増やす事に興味を持っている。特に、榎林君は蒼緋蔵の事よりも自分の事に専念したほうがいい。最近、少し荒が出始めているからね」
「それは、儲けに眩んだバイヤーが、勝手に…………」

 口ごもったが、榎林はそれ以上言い訳を続けなかった。「確かに、最近管理が甘かった」と認めて、代わりに自分がどれだけ有能なのかをアピールするように夜蜘羅に主張した。

「手駒を入れ変え、新しい卸し場も確保できた。それに、実験も順調に進んで十分あのお方の役に立てている。あなたが、あのお方のために紹介してくださった李(り)という方も、少々癖があるが今までの連中と違って非常にいい腕をしていて……私が任された計画は、二段階目に突入している」

 滞りなくスムーズだ、と榎林が言うなり、門舞が美麗な顔でにっこりとした。

「僕が言った通り、前もって足手まといになる業者を潰しておいて正解だっただろう? さすがにあそこまで派手にやったら、ルール違反だよ。まぁ新しい場所を探して自分で動くっていうんだから、ミスはしないようにね」

 これ以上フォローは出来ないよ、と門舞は悠々と続けて、頭の後ろで腕を組んでソファに身を沈めた。彼と夜蜘羅以外の顔には笑顔はなく、沈黙を合図にそれぞれが部屋を出ていった。


 最後に爬寺利が、門舞に視線を送って出ていったあと、彼は「ねぇ、夜蜘羅さん」と楽しげに声を掛けた。


「言わなくて良かったのかい? そろそろ、榎林さんのところが危ないってこと。夜蜘羅さんが手下を入りこませている大きい組織が、動き出しそうなんだろう?」
「まぁね」

 夜蜘羅は含み笑いをした。量が少なくなったワイングラスを口元で傾け、喉の奥に流し込む。

「本当はあの方の計画よりも、自分の楽しみを優先にしているだけなのにねぇ」
「門舞君もそうだろう? 君だって、面白い物見たさにここにいる。つまらない日常や世間よりも、隠された存在や秘密に翻弄されるのが好きでたまらないんだ」

 どうでしょうねぇ、と微笑をたたえて門舞は目を閉じた。

「僕は楽しければどっちでもいいんですよ」

 そう続ける彼に、夜蜘羅がワイングラスを下ろしながら「私もだよ」と低く言って、空になったグラスを手で握り割った。

 大きな手に押し潰されたワイングラスは、砕け散る音を静寂に響かせて落ちていった。バラバラとそれがテーブルの上に広がるようにこぼれ落ちて、もとの器よりも壊れた方が美しいと、二つ分の楽しそうな笑みが上がった。