今まで口を閉じていた大男が、テーブルに固定していた細い瞳を上げた。薄い唇に対して口が大きく、垂れ下がった小さな二つの眼がある小麦色の顔には生気がない。

「俺は『あのお方』に会った事がないんだが、時々蒼緋蔵家の名は耳にする。あなたたちがいう、その一族の番犬とは一体なんだ?」

 口の中でこもる、抑揚のない低い呟きを発したその男は、口も顔も大きく、存在感のある体格も目を引いた。

 二メートルはあろうその背丈が、同じように座っていながら一同の頭一つ分出ているのを見やった榎林が「朴馬(ほくば)さんはまだ来て浅かったな」といって口から葉巻を離す。

「蒼緋蔵家ではたびたび、副当主の役職名がそう変わるときがあるらしい。もともと蒼緋蔵は戦闘に優れた一族で、当主の次に優秀な頭脳と一番の戦闘能力を持った者がなるようだが、あの方の話を聞いていると別に理由があるようだ。――というのも、もともとも蒼緋蔵家もまた特殊筋の家系で、あのお方が三大大家の中でも一番気に掛けておられるのが『番犬』というキーワードなのだ」
「特殊筋は、現代にもひっそりと息づいているからねぇ」

 歌うようなアルトで言い、六人の中で一番若作りの男が優雅に足を組み変えた。ウェーブの入った栗色の長髪は小奇麗にセットされ、微笑み一つで女性を虜にしそうなほど美男である。

「特殊筋はいろいろとあるけれど、朴馬さんも、夜蜘羅(よるくら)さんのそれを見た事があるだろう? まぁ、あのお方も僕もその血族だけど、それぞれが全く違うんだよね。簡単に見せてあげられるようなものじゃないから、機会があれば朴馬さんも見られると思うよ。僕たちも計画以外の詳しい事は聞かされていないけど、蒼緋蔵家の番犬とやらがもし、あのお方の計画を脅かすような力を持った特殊筋だったら、どうしようかっていう話さ」

 夜蜘羅という名前が出て、話す男を除いた一同の視線が移動した。

 双方の長椅子に挟まれた位置に席を構えていた男、――夜蜘羅が鋭い眼光に面白みを含んだ笑みを浮かべた。

門舞(かどまい)君のいう通りだ。計画に差し支えなければ、特にこちらが動く必要もない。数少ない特殊筋の人間だし、才能がありそうなら引き抜こうと私は考えているんだけどね」
「蒼緋蔵家は、表十三家に仕えていた三大大家の一つですぞ。そんなことは不可能ではありませんか」

 恐怖しながらも鋭い声を上げた老人に、夜蜘羅が「頭が硬すぎるよ、尾野坂(おのざか)君。それは大昔の話だろう」と楽しそうに言いながらワイングラスを持ち上げた。細身の老人、尾野坂は硬い表情のままテーブルへと視線を戻す。

 しばらく会話はなかった。小野坂の隣で、門舞が背伸びを一つしてソファに背をもたれた。その向かいにいた短身の榎林が、そわそわしたように灰皿に短くなった葉巻を置く。長身の朴馬の間に座っていた男は榎林と全く同じ背丈にも関わらず、手足の長い門舞の仕草を意識したように足を組んだ。