悩んでいると、突然ネクタイを引き寄せられた。びっくりして目を向けると、掴んで引き寄せた暁也が、鼻と目を赤くしたまま強くこう言ってきた。
「いいか、俺は絶対刑事になってみせる」
暁也は俯くと、露わになりそうな感情を押し殺した。一度舌打ちすると仏頂面を装い、ぎろりと雪弥を睨みつけた。
「俺はこのまま引き下がらねぇからな。それに、友だちはどんなに離れたって友だちのまんまなんだッ、覚えとけ!」
暁也は一方的にまくしたてると、雪弥のネクタイから乱暴に手を離して駆け出した。そのまま家へと駆けこんでしまった姿を目で追い、雪弥は呆けたまま「どういうこと?」と呟いた。
そんな雪弥の袖を、修一が引いて泣き顔に笑みを浮かべた。
「お前と一緒に学校生活送れないのは残念だけど、俺らいつまでも友だちだから。だからさ、サヨナラじゃなくて……へへ、こういうときは『またな』って言うんだぜ」
修一は鼻をすすった。
そういうものなのか、と考え込む雪弥は理解し難いといった表情だった。問うようにベンツを振ると、窓を開けてこちらを見つめるナンバー1が「泣かせるなよ」と目で伝えてくる。
雪弥は修一へと向き直ると、慣れない言葉をどうにか口にした。
「そうか。うん……じゃあ、またね」
根拠もない言葉だった。それでも、もう二度と会うこともないであろう修一が、その言葉を望んでいるのなら言うべきだと雪弥は思った。
それで納得してくれるのなら、嘘でもいいから「さよなら」とは言わずに「またね」と告げる。とはいえ、二つの言葉の違いが感情的に理解出来なかったから、雪弥はぎこちない微笑み以外の表情を浮かべられなかった。
この五日間で、すっかり見慣れた修一の八重歯が覗いた。へへへ、と嬉しそうに笑って彼が頷く。
「おう、またな」
修一がそう答えた直後、金島家の玄関が乱暴に開いた。目と鼻を赤くさせた暁也が顔を覗かせ、大きく手を振り上げた。
「またな! 雪弥!」
その声色は、すっかり泣き声だった。それでも、力強くてまっすぐだ。
雪弥は暁也を見据えると、弱々しく手を振り返した。
「うん、またね、暁也」
そう答えたあと、雪弥は一同に見送られながら、ナンバー1が待つベンツに乗り込んだ。
※※※
すっかり明るくなった朝の空の下、雪弥とナンバー1を乗せた高級車は滑るように走り出した。少年たちは車が見えなくなるまで大きく手を振り続けると、最後は大声を上げて泣き出した。
自分たちが決して口にしなかった「さよなら」の言葉が、現実の重みとなって深く胸を突き刺したのだ。
金島は初めて見る息子の姿にびっくりして、慌てて暁也を抱きとめた。胸に飛び込んで来た修一を、矢部が困ったような顔で受け止めて「よく頑張ったな」と優しく背中を叩く。
「それでは行きましょうか、矢部君。我々がやるべきことをしましょう」
しばらくして、修一を毅梨が代わりに宥め始めた頃に尾崎がそう言った。踵を返す彼の後ろ姿は堂々としており、両足はゆっくりと地を踏みしめる。一見すると、左足が完全な義足であることも分からなかった。
昔から追い続けた背中へと足を向け、矢部は寒さに堪えるように片方の手をポケットに入れた。外国製の煙草を一本口にくわえて、火をつける。
「そういえば、事務所で取り押さえられた藤村組の連中は、調べによっては社会復帰させる奴もあるかもしれないらしいですね」
尾崎に話し掛ける矢部の囁き声が、吹き抜けた朝の風の中にかき消えていった。
第一部・了
「いいか、俺は絶対刑事になってみせる」
暁也は俯くと、露わになりそうな感情を押し殺した。一度舌打ちすると仏頂面を装い、ぎろりと雪弥を睨みつけた。
「俺はこのまま引き下がらねぇからな。それに、友だちはどんなに離れたって友だちのまんまなんだッ、覚えとけ!」
暁也は一方的にまくしたてると、雪弥のネクタイから乱暴に手を離して駆け出した。そのまま家へと駆けこんでしまった姿を目で追い、雪弥は呆けたまま「どういうこと?」と呟いた。
そんな雪弥の袖を、修一が引いて泣き顔に笑みを浮かべた。
「お前と一緒に学校生活送れないのは残念だけど、俺らいつまでも友だちだから。だからさ、サヨナラじゃなくて……へへ、こういうときは『またな』って言うんだぜ」
修一は鼻をすすった。
そういうものなのか、と考え込む雪弥は理解し難いといった表情だった。問うようにベンツを振ると、窓を開けてこちらを見つめるナンバー1が「泣かせるなよ」と目で伝えてくる。
雪弥は修一へと向き直ると、慣れない言葉をどうにか口にした。
「そうか。うん……じゃあ、またね」
根拠もない言葉だった。それでも、もう二度と会うこともないであろう修一が、その言葉を望んでいるのなら言うべきだと雪弥は思った。
それで納得してくれるのなら、嘘でもいいから「さよなら」とは言わずに「またね」と告げる。とはいえ、二つの言葉の違いが感情的に理解出来なかったから、雪弥はぎこちない微笑み以外の表情を浮かべられなかった。
この五日間で、すっかり見慣れた修一の八重歯が覗いた。へへへ、と嬉しそうに笑って彼が頷く。
「おう、またな」
修一がそう答えた直後、金島家の玄関が乱暴に開いた。目と鼻を赤くさせた暁也が顔を覗かせ、大きく手を振り上げた。
「またな! 雪弥!」
その声色は、すっかり泣き声だった。それでも、力強くてまっすぐだ。
雪弥は暁也を見据えると、弱々しく手を振り返した。
「うん、またね、暁也」
そう答えたあと、雪弥は一同に見送られながら、ナンバー1が待つベンツに乗り込んだ。
※※※
すっかり明るくなった朝の空の下、雪弥とナンバー1を乗せた高級車は滑るように走り出した。少年たちは車が見えなくなるまで大きく手を振り続けると、最後は大声を上げて泣き出した。
自分たちが決して口にしなかった「さよなら」の言葉が、現実の重みとなって深く胸を突き刺したのだ。
金島は初めて見る息子の姿にびっくりして、慌てて暁也を抱きとめた。胸に飛び込んで来た修一を、矢部が困ったような顔で受け止めて「よく頑張ったな」と優しく背中を叩く。
「それでは行きましょうか、矢部君。我々がやるべきことをしましょう」
しばらくして、修一を毅梨が代わりに宥め始めた頃に尾崎がそう言った。踵を返す彼の後ろ姿は堂々としており、両足はゆっくりと地を踏みしめる。一見すると、左足が完全な義足であることも分からなかった。
昔から追い続けた背中へと足を向け、矢部は寒さに堪えるように片方の手をポケットに入れた。外国製の煙草を一本口にくわえて、火をつける。
「そういえば、事務所で取り押さえられた藤村組の連中は、調べによっては社会復帰させる奴もあるかもしれないらしいですね」
尾崎に話し掛ける矢部の囁き声が、吹き抜けた朝の風の中にかき消えていった。
第一部・了