六月二十五日土曜日、午前六時。

 雪弥は、すっかり何もなくなった部屋に立っていた。黒スーツの胸ポケットに入った彼自身の携帯電話からは、ゲームセンターで出会った人形の「白豆」が陽気な面持ちでぶら下がっている。

 室内では、夜狐と数人の暗殺部隊隊員たちが片付け作業を進めていたが、黒のスーツに浮く白いキーホルダーに目を向ける者はいなかった。


「迎えが到着しました」


 夜狐が告げ、雪弥は肯いて部屋をあとにした。

 見慣れた黒塗りベンツが、マンションに横付けされていた。開いた後部座席の中を見やり、雪弥は怪訝そうに顔を歪めた。黒いシートにふんぞり返るように座るナンバー1の姿を、今一度認めたところで――

 思わず開いたドアを閉め直した。

 すると、すぐさま扉が開き、顔を覗かせた上司が「何をするッ」と言った。雪弥は上手い嘘も思い浮かばず、視線をそらせて「いえ、反射的に……」と素直に答えた。

 マンションの入り口と壁は、破片や瓦礫が撤去されているだけで、雪弥と異形の者が戦ったままの破損が残っていた。突然攻撃の合図を出したあの夜蜘羅という男が、自分であと始末をするべきだと雪弥は思っていた。

 とんだとばっちりを食らったものだと愚痴りたくなったが、蒼緋蔵に関係する出来事だったため口を閉ざして車へと乗り込んだ。

 マンションの損傷について何か知っているか、と尋ねてきたナンバー1に、雪弥は知らないと話を受け流した。蒼緋蔵家について口にすると、蒼慶から着信が入りそうで怖かったのだ。「私を呼んだか」といった電話が蒼慶からきたら、洒落にならない。

 むしろ悪夢だ。

 げんなりとする雪弥の心情も知らず、車が走り出し、ナンバー1がこう尋ねた。

「今回の任務はどうだった、結局ナンバー4らしい仕事になったわけだが」
「そうですね、まぁ学生の振りをするのが疲れました」
「うむ。こうして現物を目にしたのは初めてだが、『白豆』もきちんと飼えているようで何よりだ」

 こちらのブラックスーツの胸元から下がる『白豆』を見て、わざとらしいくらいに偉そうに頷く上司を訝って見つめていた雪弥は、ふと思い出して尋ね返した。

「暁也と修一は、大丈夫ですかね? 変な後遺症が残らなきゃいいんですけど」

 すると、窓を少し開けた上司が、葉巻を取り出しながら露骨に顔を顰めた。

「お前、それは現場を見たエージェントに言ってやれ。あれは酷過ぎるぞ」
「はぁ、それはすみません」

 雪弥は間の抜けた返事をした。彼は言われている言葉の意味が、よく飲み込めていなかった。脳裏に思い起こす昨夜の殺戮も他人事で、引き裂いた感触も撃ち抜いた実感も、それを見た人間がどんな感じをうけるのか共感することを考えるのも難しい。