「く、くそぉぉぉぉ!」

 藤村がはち切れんばかりに叫び、錯乱し銃を乱射した。夜の下で発砲される光りが眩しくて煩わしいとでもいうかのように雪弥が黒いコートを翻し、その直後に三人の視界から彼の姿が消えた。

 どこへ行った、と富川と尾賀が身構えたとき、けたたましい銃声音が止んだ。

 途端に二人は、身体に暖かい霧状の液体を受けて反射的に目を閉じかけた。なんだ、と疑問に思って目を向けると、そこには目を見開いて静かにしている藤村がいた。

 藤村の体中には細く赤い線が走り、そこから不自然に霧状の潜血を吹いていた。

 それを理解する暇はなかった。

 見つめていた視線の先で、まず、藤村の手がずるりと腕から離れた。キレイに切断されていたらしい銃を持ったままの手が、地面をバウンドしたかと思うと、それを筆頭に切られた部位がずれ始めて、切断面から次々に激しく血を噴き上げた。


 首、肩下、両腕、胸部、腹部、……と各部位が地面へと吸い込まれるようにして、藤村の身体がぐしゃりと崩れ落ちる。

 そこに残ったのは見慣れた死体などではなく、無残な肉塊であった。


 その光景に見入っていた尾賀と富川は、瞬きの間に自分たちの間に現れた青年に戦慄した。血に濡れた前髪から覗く小奇麗な横顔に、ぞっとするほど冷たい碧が目に留まる。

 険しい形相で尾賀が銃口を向けた瞬間、富川は目の前で激しく舞い狂う黒を見た。冷たい手に首を掴まれ、ぐんっと引き寄せられる。彼は首を掴み締める白い手に宙で足をばたつかせたとき、その身体に連続で銃弾を受けていた。

 尾賀は、黒に身を包んだ暗殺者を狙って撃ったつもりだった。しかし銃を発砲したとき、そこには盾として使われる富川の姿があったのだ。

 発光する冷ややかな碧眼が、銃弾を受けてぐらぐらと揺れる富川越しに尾賀を凝視していた。強い嫌悪感とぞっとするほどの殺気に死を感じ、尾賀は震える手で銃を発砲し続けた。

「このッ、化け物がぁぁぁ!」

 そう声を張り上げた矢先、不意に銃声が止んでカチカチと乾いた音へ変わった。

 尾賀が弾切れに気付き、この世の終わりだといわんばかりに顔を歪めた刹那、富川の死体脇から銃口が突き付けられた。


 最後を飾るにしては、か細すぎるとも思える銃声が、一発、空気を裂いた。


 額に小さな穴を開けた尾賀の身体が、後頭部から粉砕した頭蓋骨と脳の一部を飛び散らせて倒れ込んだ。辺りはすっかり静まり返り、雪弥は持っていたままであった富川の首から、無造作に手を離した。

 殺す人間がいないことをぼんやりと思い、自身の爪を元の長さへと縮ませる。外のエージェントに指示を出そうと携帯電話を取り出して、ふと、雪弥は動きを止めた。

 血で染まった手で持ち上げた携帯電話は、通話中の表示がされていた。電話が切られる事もないまま、相手の人間は押し黙ってこちらの声と音を聞き続けていた。