最後に家族と顔を合わせたのは、二年前に仕事の途中抜け出して会いに行った、緋菜の成人式会場だ。

 大手企業で緋菜は社長秘書をして三か月も経っていないが、雪弥に不安はなかった。厳しい蒼慶であっても、実の妹には優しい事を知っていたからである。亜希子や父の次に緋菜を良く知っている蒼慶は、うまく彼女の良さを伸ばせるだろうと雪弥は思った。

「ほんと良かったよ。あとは補佐をする副当主と……副当主って、確か蒼緋蔵グループの副社長の役職だったよね? で、各支店の代表と、それから兄さんの執事――はもう決まってたね、強烈な人が…………で、ええっと『選定』と『経理』と『記録』と……よく覚えてないけど、そういう役職を埋めるだけだね」

 委員会とかいろいろと面倒なことも多いみたいだけど、と続けて雪弥は肩をすくめた。

「僕は蒼緋蔵のことはよく知らないけど、あとは兄さんが決めるんだから問題はないでしょう。父さんも気楽に構えていいと思うよ。副業でやっている小説家の方にさ、これからは力を入れてもいいんじゃないかな。ほら、ゆっくりそうやって暮らしたいって言っていたでしょう? 地下に大きな書斎室と図書室まで作ってあるんだしさ」
『確かにな』

 鼻で笑うような口調だったが、強張った父の声色から力が抜けたような気がした。ほっと安堵の息をつくと、不思議な事にはっきりとした空腹を感じた。

 雪弥は、柵に背を持たれて夜空を見上げた。話を終わらせようと言葉を切り出す。

「就任式とかやるんだったら、日取りが決まり次第連絡してよ。僕は立場上正式に参加することは出来ないけど、当日に間に合うように、匿名でメッセージを添えて花くらいは送るから」
『雪弥、それが少しまずいことになっていてな……』

 緊張を含んだように、父の声色が低く沈んだ。一体何が父さんを困らせているんだろう、と雪弥は小首を傾げて尋ねる。

「経営はすごく順調だよね? 役職だって、いろいろとすごい人がいるって前に聞いたし……他に何かあったの?」
『実はな、蒼慶が右腕となる役職に、お前を置くといって聞かんのだよ……』

 父の言葉を理解するのに、数十秒を要した。

 一瞬止まり掛けた思考をフル回転させ、雪弥は事態を飲み込み絶句した。右腕の座とは、つまり当主の補佐役であり、または会社の副社長の地位なのである。

「父さん、ちょっと待って、僕を『当主の右腕』に? それってつまり副当主――というか、兄さんどうしちゃったのさ? そんなんじゃ反対されて、そこで話が止まって他の役職なんか決まるわけがないでしょう!」
『それがな、他の者も全員一致でそれに賛成で――』
「はっ? 皆兄さんに口で負けたってこと?」

 雪弥は柵に頭をもたれたまま、左手で顔を覆った。

 愛人の子供をそばに置くなんて、普通に考えても危険である。特に、蒼緋蔵家のような歴史を持つ大きな家にとってはそうだ。雪弥にその気がなくとも、周りは黙っていない。

 そのはずなのに、今回は雪弥たちを毛嫌いしていた者たちもそれに賛成しているというのだ。もはや驚愕である。一体、本家の方で何が起こっているのだろうか?