李は、小さな両手に口が広い銃を持っていた。どうやら、実験体用に引き取るつもりだった学生たちの件に対して、ひどく怒りを覚えているらしい。血走った老人の瞳は、今にも噛みつかんばかりにこちらを凝視していた。

「僕の爪は、少々頑丈でして」

 爪先がいびつな音をあげて二センチまで縮み、雪弥は済ました顔で肩をすくめて見せた。強靭な凶器と化す爪の伸び縮みに関しては、雪弥にとって眩しさに目を細めるくらい普通のことだったのだ。

 いつからそうだったのか、と言われても分からない。

 この爪で誤って自身を傷付けた事はなく、どれほどまで堅いものであれば切断出来るのか、本能的な勘のようなもので分かる説明し難いものだった。それに加えて、歯もナイフや銃口を砕くほど頑丈である。

 老人は、許し難い怒りで顔中の皺を深く刻み込んだ。二つの銃口を雪弥へと向け、血走ったひどい形相で凝視する。しかし、対する雪弥は、ぼんやりと別のことを考えていた。

 新しいブルードリームを配合した李は、この薬について何か知っているはずだ。殺す前に話を聞き出した方がいい。ここはまず穏便に――

 そう雪弥が構えようとしたとき、しゃがれた怒号が落雷のように響き渡った。


「よくも、わしの実験体をぉぉぉおおおおお!」


 李が引き金に掛ける指先に力を入れた瞬間、雪弥の身体は否応なしに反応していた。

 コンクリートを砕くように地面を蹴ると、彼はコンマ一秒で李の頭上を舞っていた。鎌のように鋭く伸び上がったその爪が、空気を切り裂いた瞬間、李の頭が勢いよく吹き飛んでいた。

 頭を切断された胴体から、弾け飛ぶように赤の鮮血が噴き出した。一気に流出した血飛沫が高く舞い上がり、切断面からねっとりとした赤黒い液体を溢れさせて李の白衣を染め上げる。

 頭部を失った胴体がよろめき、痙攣するように全身の筋肉を振動させた。その近くに着地した雪弥の背中で、転がり落ちた李の首は怒りに歪み、その顔は恨めしげに彼の背中へと向いて動きを止める。

 自身の血で重たく濡れ、頭部のなくなった老人の身体だけが、おぼつかない動きでしばし歩き続けていた。その死を確認するように、黒いコートが振り返りざま翻る。

「――ああ、殺すつもりじゃなかったのにな」

 冷ややかな声色が、ぼんやりとした様子で呟かれた。

 血飛沫を上げる老人の身体を見つめる雪弥の顔に、表情はなかった。始めから殺さない気などなかったように、淡く光る碧眼には微塵の情も見えない。